第5話

 わたしが住んでいるニュータウンから電車に揺られて五駅ほど行けば、宇宙港がある。正式名称は第六宇宙港。そこから、お釈迦様が垂らした蜘蛛の糸みたいに天へ伸びる軌道エレベーターで三十分。オービタルリングへ到着。


 ここから太陽系のいたるところへ向かう船が出ている。それ以外にもホテルやらスポーツ施設やら観光地やらが存在していて、旅行客以外も多い人気の場所だ。かくいうわたしも何度か行ったことがある。


 さて、わたしは今、そのオービタルリングにいた。


 手には、親に買ってもらったトランク。もう片方の手には、マークちゃんが抱きついている。


「あのさ、暑いから離れてほしいんだけど」


「ええーワタシは寒いです」


「ここは二十五度に調整されてるから、寒いとか暑いとかない」


「心が寒いんですよぉ」


「いいから離れなさいってば!」


「大事にされてなかったんですよ、そんなワタシ哀れだと思うなら……」


 うるうると瞳をうるませてマークちゃんが言う。その姿はさながら悲劇のヒロインのようで、胸がウッと詰まった。


 しまいには、泣きっ面にハチと言わんばかりに、周囲の視線が突き刺さった。わたしは別に悪いことをしたつもりはない。ないけど、他人からすれば女の子を泣かせたやつなのだった。……わたしも女の子なんだけどな。


「わかったから、泣き止んで」


「抱きついてていいんですかあ」


「もういいよ……」


 わたしがそう言うと、右腕にふんわりとしたそれでいて強い力がかかる。そっちを見れば、マークちゃんと目が合った。えへへへへ、という気の抜けた声を聞いていると、頭が痛くなってきた。


 女友達に抱きつかれながら、アパレルショップやゲーセン巡りをするためにここまでやってきたわけじゃないんだ。


 オービタルリングはその名の通り、衛星軌道上に浮かぶ輪っかだ。地球をぐるりと取り囲む二つの輪からは地上へ無数の線が伸びている。この線が、さっき上ってきた軌道エレベーターである。


 二つのリングが接する地点に、宇宙港はあった。オービタルリング港というのがそれだ。


 ふよふよと無重力の中を浮かぶように歩いて少し。ようやく目的地にたどり着いた。


「ここから、海王星までいける」


「確かに行けますけど……本当にやるんです?」


「やるったらやる。悪人ひっとらえて、船を奪うしかないんでしょ」


 道行くサラリーマンがぎょっとしたように、わたしを見た。少し大きな声で話過ぎていたらしい。小さな声で話そうっと。


「ワタシとしては、危険なことはしないでもらえると……」


「わたしが好きだから?」


「もちろんです! あ、でも、プログラムのためというのもあります。死なれたら困りますから」


「どうせ、また生き返らすんでしょ」


「そうですけど、銀河に住む人々からの寄付でプログラムは成立していますから、無駄遣いはしたくないって言ってましたよ」


 税金を無駄遣いされる感じだろうか。……確かに腹は立つかもしれない。


 でも。でもである。


 わたしだって、腹は立ってる。この怒りはだれかにぶつけなきゃおさまりがつかないよ。


 それに、ここまで来た以上は港中をを見て回ってもいいだろう。どうせ、悪党がいなかったら意味がないんだし。

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