第2話

 しばらくの間、ベッドの上で正座をして考えていた。


「あんた名前は?」


「エンドマークです」


「宇宙を終わらせるからエンドマークってわけ? あの女ってば、しゃらくさいとこあるのね」


「あのー傷ついたんですけど。爆発して死んでもいいですかいいですよね」


「ああもう、悪かったってば! それよか、マークちゃんって呼ぶから」


 わたしがマークちゃんと口にすれば、エンドマーク改めマークちゃんは猫のような俊敏さで飛び上がった。


「愛称なんてはじめていただきました……!」


「ふうん。何て呼ばれてたの?」


「そのままエンドマークとか、あと重い女とか」


「それは蔑称なんじゃ。重いの?」


「お、重くなんかありませんとも! ワタシの体重は羽よりも軽いんですから」


 少女がわたしにもたれかかってくる。そのあたたかな体は、びっくりするくらい軽い。発泡スチロールで等身大フィギュアを造ってもこれほど軽くはないだろう。風が吹けば、容易く飛んでいってしまいそうだ。


「こんな体のどこに爆弾があるのやら……」


「爆弾なんてありません」


「はあ? ブラックホールとか反物質とかつかってないわけ?」


「そうなるようになってるだけだから、理由をこじつけてもいいけど無意味だ――って神様が」


「…………」


 滅茶苦茶だ。こいつをつくった奴らは何を考えているのだろう。


 どういう仕組みかわからないけれど、本人の意思次第で宇宙を爆破できるというアンドロイド。しかも、リストカットするような気軽さで世界を焼却しようとするようなやつに、世界の命運がかかったリセットボタンなんて持たせるな。


「決めた」


「ワタシを自爆させることをついに」


「違う。あんたを返却するわ。クーリングオフよ」


「あ、ワタシたちはクーリングオフの対象外なんです」


「マジで?」


「はい。人間の作ったシステムの中に人類保護プログラムは含まれてません。誰にも言わないでくださいね」


「言ったら?」


「脳がパーンと弾けます。後ついでにワタシもボンと爆発して、この世界にエンドマークが打たれます。エンドマークだけに!」


「……面白くもなんともないわ」


 わたしはベッドから降りる。パジャマはいつもよりも汗を吸っているのか、重く感じた。


 着替えながらベッドの方を見れば、マークちゃんは肩を落としてしょんぼり。面白くないと言われたことが、よほどこたえているらしい。


「あんただって、いやでしょ。自爆するなんて」


「それがワタシの使命ですから」


「それに、あの女神気取ったやつに、押しつけられたのよ? 腹立たしいとは思わないの」


「それは……」


「わたしはムカつく。ムカつくから、絶対、送り返してやんだから」


 わたしは気合とともに、履いたジーパンにベルトを通す。母に買ってもらった革のベルトがパチンと音を立てた。


「送り返すってワタシを? クーリングオフは承ってないんですよ。それにプログラムを管理しているのは銀河連合なんですから。無茶です」


「無茶なのはわかってる。でもムチャでもやらなきゃなの。やられっぱなしってのは嫌いだから」


 こんなことをされて黙ってられるか。地球とか世界が爆発しようと正直どうだっていい。


 だけど、マークちゃんを押しつけてきやがったあいつには文句の一つくらいぶつけなきゃ気が済まない。


 わたしはこぶしを握り締める。その時のことを考えると、ちょっとだけ怒りが収まったような気がした。


 着替え終わってマークちゃんを見れば、わたしのことを見ていた。かと思ったら、さっと目をそらされた。


「え、わたし、嫌われるようなことしたかな」


「嫌いだなんてそんな! むしろ、ワタシ、あなたのことが好きになっちゃったかも」


「好きって、マークちゃんがわたしを?」


 マークちゃんは頬に手をあてて、こっちを見た。「きゃ」とかなんとか口にしては、顔を背けるのとこっちを見るのを繰り返している。磁器みたいな肌は、薄く赤みがさしていた。興奮しているのはなんとなくわかった。


 絶え間なくやってくる視線はうす気味悪い。


「なんでじろじろ見てくんの」


「好きな人を見るのは当然のことじゃないですかっ」


 などといいながら、マークちゃんは立ち上がり、ゆらりゆらりと近づいてくる。その表情はマタタビを食したネコのように恍惚としている。真っ裸だから、その姿はあまりに怖い。


「あのーマークちゃん? 聞いてる? 近づかないで」


「いやですっ」


 マークちゃんが飛び上がり、わたしへと抱きついてくる。それを止められるほど、わたしの運動神経はできちゃいなかった。

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