第1話
窓から差し込める朝陽を感じて、わたしは目を覚ます。
ちゅんちゅうとスズメの鳴き声が聞こえる穏やかな日常。
毛布の中から聞こえてくるのは、人の寝息。ちなみにわたしは親元を離れて一人暮らしを謳歌している。兄弟がいるわけでもない。
……隣に知らんやつがいる。
わたしはそっと毛布をめくった。
少女が眠っていた。真っ黒な髪に投げ出された体は何も身につけていない。メリハリボディが惜しげもなくさらされている。同性だっていうのにドキリとしてしまうほど、その少女の体は美しい。
まるで、人形か何かのよう。
「そういえば……」
夢の中で、人類保護プログラムとかなんとか言ってた女性と似ているような気がした。あの絶世の美女を若くしたらこんな感じに違いない。胸『だけ』はなぜかスケールダウンしてなかったけど。
「おーい」
少女の肩をツンツンつつきながら呼びかけると、少女が身じろぐ。
「あと一兆年……」
「人類絶滅するわっ」
「じゃああと一時間だけ……」
「いいから起きなさい。あなた、なんでうちにいるの」
「それ以上言うんだったら自爆しますよお」
「は?」
「10、9、8……」
突然カウントダウンが始まった。意味がわからないけども、そのカウントダウンはタイマーみたいに正確で、なんだか不気味。
しかも、カッチカッチ針が進んでいく音さえも聞こえてきた。
カウントダウンが五秒を切ると、大音量のBGMまで鳴りはじめた。ボルテージの高鳴りとともに管弦楽が増えていくような大迫力の音声は、どれも少女の腹部から生まれていた。
ひじょーに嫌な予感がした。
脳裏をよぎるのは、夢の中であの女が言っていたこと。世界を木っ端みじんにするような自爆装置付きのアンドロイドを送り付けるとかなんとか。
「まさか……」
そのアンドロイドってやつが、破滅までのカウントダウンを口ずさむ、この少女なのでは。
「さーん、にー」
その声はすでにBGMに成り下がっている。バックグラウンドで鳴っていた音楽は最高潮になって、終焉の時を今か今かと待ち構えているよう。
普通なら、夢のことなんてこれっぽっちも信じない。
でも、今回に限ってはマジで爆発するんじゃないか。
「ちょ、ちょっと待って!」
「いーーーーち」
「悪かった! わたしが悪かったから、カウントダウンを止めてっ」
カウントダウンがゼロに達しようとした直前、少女がカウントをやめた。それと同時に、こっちの心臓を縮みあがらせる恐怖のBGMがやっと止まった。
世界が終わってしまうという緊張感が、肩の力とともにどっと抜けていく。
「し、死ぬかと思った」
「痛みは感じませんよ?」
「そういう問題じゃない! っていうかあんた誰よ」
わたしが言うと、その少女がきょとんとした表情を浮かべた。
「ワタシ、人類保護プログラムで送られてきたアンドロイドですよ。忘れちゃいました?」
「……それって夢だったんじゃないの」
「夢といえば夢かも。今のあなたと昨日までのあなたは違いますから」
わたしは己の肉体に目を向ける。いつも通りのパジャマを着たいつも通りのわたしがいる。少なくともわたしからはそう見えた。
メガネをひっつかんで、机の鏡を見れば、平凡な顔が映っていた。まごうことなきわたしの顔。いつ見ても、もてなさそうな顔だ。
「びっくりするようなこと言わないで」
「容姿は完璧に再現されてるんだよー。夢で言われなかった? 神様からなんとかかんとかって」
「言われた。死んだから生き返らせたって」
「うん。それで、生き返ったんです。人間でよかったですね」
にこりと笑って少女が言う。百点満点の笑顔に、わたしまで笑ってしまいそうになるけど、はたして本当によかったのだろうか?
どうせなら、転生とか転移とかがよかった。――自爆するようなアンドロイドを押しつけられたりしなかったろうから。
「わかった。あんたたちが言ってることが正しいとして」
「正しいよ」
「……わたしはどんな風に死んだの」
「検索中」
少女の目が七色に光る。ゲーミングなんちゃらみたいで綺麗だ。
「検索完了。表示しますか」
「表示って何、まさかとは思うけど、死んだ瞬間を表示するつもりじゃないでしょうね」
「はい。その通りです」
「……じゃあやってみてよ」
次の瞬間、少女の瞳から光線が照射された。光は壁にぶつかり映像をなす。
「まるでプロジェクターね」
「映像、出ます」
少女の言葉とともに、映像がはっきりとしてくる。横断歩道を歩いているわたしが映し出されていた。
そこへやってくるトラック。響くブレーキ音。目と口をハニワみたいに大きく開け、間抜け面を晒したわたしが、四肢を投げ出し吹き飛ばされていく。
「もういい」
「まだ、続きますけど」
「月並みだし……誰が自分の死ぬとこなんてみたいのよ」
「え、だってあなたが見せろって」
「いいから消せっ!」
困惑したような表情をしながら少女が、まぶたを閉じる。それで、プロジェクターとしての機能は停止したらしい。次に目を開いた時には、その愛くるしい瞳は光を放ってはいなかった。
それにしても、わたしはマジで死んだらしい。手のひらを開いて閉じてみる。死んだという実感はまるでない。
でも、神様(仮)が言ってたように、うちにアンドロイドがやってきたのは紛れもない事実。
さてこれから一体どうしましょ。
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