第11話 地平線の彼方へと
水素燃料をかき集め、直径一〇万光年の銀河系を抜けると、見事な渦巻き模様が見えた。あの天の川銀河は二〇〇〇億の星が集まってできているという。宇宙にはこうした銀河が一〇〇〇億個以上ある。その宇宙をマクロに見ると、大量に泡立てた石鹸の薄い膜のように銀河が並んでいて、その内側はほとんど空洞らしい。なんとも気の遠くなる話だ。
一〇〇万光年ほどの間隔で新しい銀河に入る。大抵の銀河は歪んでおり、完璧に対称形の銀河を見つける方が難しい。渦巻き銀河や楕円銀河だけではなく、淡い雲のような銀河、リング状の銀河もあれば、不定形の銀河もあった。永い時間をかけてすれ違う銀河、衝突して合体していく銀河もあった。
銀河同士の衝突が起こると、スターバーストという現象が見られる。互いの銀河が抱える星間ガスが勢いよくぶつかると星の誕生が活発になり、銀河全体の輝きが増すのだ。しかし、僕はこうした天体ショーにも段々見飽きてきた。花火や稲妻は一瞬の輝きだから、集中して見ていられる。でも花火がずっと夜空に張り付いていたら、いい加減にしてくれと、うんざりするだけなのだ。
どんな銀河の中心にも、必ず一つだけ超巨大ブラックホールが存在している。銀河が合体する時は、中心のブラックホール同士も一つにまとまって、その銀河のボスとなる。ある二つの渦巻き銀河は、星でできた腕を取り合い、華麗なダンスを踊るようにして融合していった。完全に一つの銀河になるまでに百億年はかかるだろう。それまでに互いの周りをグルグルと二、三周はするだろうか。その過程で渦巻き構造は失われ、最後はのっぺりとした特徴のない楕円銀河になるだろう。
合体した銀河の中で輝いているのは、赤くて暗い、質量の小さな星たちだ。恒星は重い星ほど青白く、急速に燃え尽きる。太陽のようなありきたりの星は百億年程度で燃え尽きる。だから残っているのは太陽よりも軽くて暗い星ばかりなのだ。超巨大な楕円銀河は赤くて暗い星、太陽になりそこねた褐色矮星、太陽が燃え尽きた後の白色矮星、中性子星、ブラックホール、そういった天体の集まりになるだろう。ガスや塵を使い果たした楕円銀河の中では、もう新たに星が生まれることはない。
新たな銀河に入っては抜ける。
一〇〇万光年間隔で、入っては抜ける。
その単調な繰り返し。
完全に退屈していたのだが、地球から持ってきた映画を見て暇を潰す気力も無くなってきた。これまでに、ずいぶん沢山の恒星系とすれ違ってきたが、文明を持った惑星は一つとしてなかった。宇宙はどこまで行っても等質なのだろうか。クリスチーネ号は既に光速に限りなく近い速度で飛び続けている。そのおかげで僕はまったく年を取らない。僕にとって時間の意味が失われつつあった。
長い旅路の果てに、我々は一三八億光年彼方へと辿り着いた。宇宙膨張の影響を受けて、当初の想定プラス数百億光年先くらいに来ていたわけだが、とにかく地球から観測可能な宇宙の地平線には違いない。この地平線を超えると、どんな手を使っても天の川銀河を観測できなくなる。そう思うと非常に寂しいものがあった。
「さらば、地球よ」と僕は呟いた。巨大産業文明なんかとっくの昔に滅び去っただろうか。それとも人類は地球を脱出して、どこか別の惑星で繁栄しているだろうか?
「一三八億光年!」と悪魔は叫んだ。「ここは宇宙の地平線。きっと、この世で一番自由を手にした者だけが見える景色です。今のお気持ちはどうですか?」
「どうって言われてもなあ」と僕は答えた。「近くにでかいブラックホールが見える以外、今までの景色と何も変わらない。ここが宇宙の果てみたいな感慨はまったくない。少なくとも一三八億年前に宇宙がはじまった場所とは到底思えない」
「でしょうね」と彼女は言った。「ここはあくまで地球から見た地平線。さらに数百億光年先には新しい地平線があって、その先にも新たな地平線があって、それから……」
「もういい」と僕は言った。「それ以上は止めてくれ、頼むから」
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