第9話 銀河系の中心へ
星間ラムジェットロケットの開発は難航を極めたようだ。僕はその間、自分の脳情報をすべてシリコンチップ上に移植した。身体自体も電気仕掛けのサイボーグ(シリコン型生命体)に作り替えた。有機物の身体は地球上では最適デザインなのだが、過酷な宇宙の旅にはとても耐えられない。ヒトは自らをデザインして宇宙に飛び立つべきなのだと思う。
ハードは問題ではない。意識と記憶が同一である限り、僕はオリジナルの僕だと言っていい。記者会見と盛大な壮行式を経て、僕と悪魔だけがロケットに搭乗した。頂点を極めるアタッカーは一組で十分だ。我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか。宇宙の果てを見届けるのは、人類発生以来、究極の願いと言っていいだろう。
「なんか凄いことになってきたね」とメフィストは耳元で囁いた。「正直、人間の脳はどう頑張っても一五〇年が使用限界だと思っていた。まさかシリコンチップに移植するとはね。こんなにしぶとい契約者はたぶんあなたが初めてだと思う」
「無理についてくる必要はない」と僕は言った。「契約はまだ有効なのだろうが、もう君の手を借りるつもりはない。ここから先は、自力で宇宙の果てに到達してみせる」
「そう邪険にしないで下さい」と彼女は言った。「こっちは保険金の取り立て屋みたいなもので、契約者の人生を最後まで見届ける義務があるんです」
「そうか、なら好きにしろ」と僕は言った。「でもこれだけは言っておく。この片道旅行に意味なんかない。僕のわがまま、自己満足に過ぎない。もしも僕という一個人が宇宙の果てを見ることができても、その感激を地球の人たちに伝える術はないんだから」
「ところで、ロケットの名前とかあるの?」と彼女は尋ねた。
「この船の名はクリスチーネ号という」と僕は答えた。「昔のSF小説に出てくるロケットから名前を取ったんだ。その小説の中では、膨張と収縮のサイクルを永遠に繰り返す宇宙が登場するらしい。はじまりもなければ終わりもない、非常に魅力的なモデルだ。実際、我々の宇宙はどんな途方もない結末を迎えるのだろうか」
我々はまず、核融合エンジンの水素燃料集めのため、銀河の中心部へ向かうことにした。天の川銀河にある大半の星は、直径一〇万光年の回転円盤状に存在している。我々の太陽は、銀河の中心から二万六一〇〇光年ほど離れた、いわば銀河の郊外のようなところに位置する。銀河円盤には比較的若い星が多い。密度は薄いが、星間物質も豊富にある。我々は時間をかけて水素燃料をかき集め、ロケットを加速させていった。
一万光年ほど進むと、バルジの輝きが視界いっぱいに広がってくる。バルジとは、古くて赤い一〇〇億の星が凸レンズ状に膨らんだ部分で、直径一万五〇〇〇光年、厚さ一万光年の大きさを誇る。バルジの内側に突入すると、星の密度がグンと増し、あらゆる方向が星の光でキラキラ輝いている。黄色や白色に光る壮年の星たち、年老いた赤色巨星に交じって、活発に燃える青い星も見える。
さらに中心部へ進むと、視界を埋め尽くす星に加え、巨大円盤状に分子雲が広がっているのが見える。ここは星の故郷にあたる低温の場所(絶対温度で数十度)。分子雲の中でも、ガス密度が濃い部分は厚さ数十光年のリング状になっており、百年に二、三個の星が新しく生まれる。その中心からは竜巻のように激しいジェットが噴出している。その高さは優に一万光年を超えている。
生まれたての赤ちゃん星は強烈な紫外線を放ち、周辺のガス星雲を色とりどりの光に輝かせる。分子雲の赤や茶、黒色の領域では、今まさに新たな星が生まれようとしている。その一方で太陽程度の大きさの星が燃え尽きて、外層を吐き出した白色矮星もある。熱源を失って死んだ星は、数十億年かけてゆっくり冷えていくのだが、はじめのうちは強い紫外線を放ち、周囲に飛散したガスを美しく輝かせる。もっともその輝きは一〇〇〇年から数万年で失われてしまうが。
銀河の中心部はとても混み合っている。太陽よりずっと重い星は一生の終わりに大爆発を起こし、大部分が吹き飛んで散り散りになる。一時的にせよ、銀河系全体に匹敵するほど明るく輝くのだ。この超新星が周囲の星間物質にぶつかった残骸が、フィラメント状に輝いているのが目立つ。爆発で生まれたブラックホールもごろごろ見つかる。
中心核の方向は大質量星から噴き出すガスや、超新星爆発で加熱されたガスによって、青い霞がかかったように見える。その半径数光年のガスのリングは、秒速一五〇キロメートルで高速回転しており、中心に向かって三本の太い腕が伸びている。我々はその奥深くに潜むものを目指して、リングの中に飛び込んでいった。
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