第21話 クリスマスのお漏らしは夜景を見ながら。


真衣華さんは、僕にこういった。

「ありがとうタクシードライバー、

ロープーウェイの駅があるから、そこのトイレでおしっこしたらいいわ」


「あ・・もう遅いです」


♠️どうせ今日が僕の命日なんだ、

お漏らしぐらいどおってことないか。


「ねえ、見て、ここから神戸のまちが見下ろせるのね

海と夜景がとても綺麗ね」


僕は、びしょびしょになったズボンを履いたまま、

3メートルのディスタンスを保って真衣華さんの隣に行った。


♠️寒いや。


今気がついたが、悪魔島アイランド、

魔監獄3丁目のホテルは、

702メートルの山の上にあるようだ。


♠️海と街の明かりが、とても綺麗だな。

夜景なんてゆっくり見るの初めてだ。

しかもクリスマスに。


ずっとクリスマスはアルバイトだった。

スイミングスクール短期教室のバイト、

印刷会社のバイト、

福祉施設の夜勤のバイト、

眼鏡販売店のバイト、

郵便局のバイト、

小包配達のバイト、

そしてタクシードライバーのバイト。


バイト、バイト、バイト、バイト、

バイト、バイト、バイト、バイト、

バイト、バイト、バイト、バイト、

バイト、バイト、バイト、バイト、


一生懸命働いてきたのに、

どうして僕は、一文無しで、

ひとりぼっちなんだろう。

それでも涙も出ないや。


「雪だよ」


真衣華さんは空を見上げた。

寒いと思ったら、夜空から雪が降っていた。

真衣華さんは空に向かって口を開けて、

雪を食べようとしている。


咄嗟に、

”冬が寒くってほんとに良かった”

という歌のフレーズが思い出された。


🎵         🎵   🎵


”冬が寒くってほんとに良かった、

君の冷えた、左手を

僕の右ポケットにお招きするための

この上ない理由になるから”

(BUMP OF CHICKEN、スノースマイル)


綺麗なよくとおる声で、

真衣華さんが歌っていた。


♠️きゅん♡


♡ ♡ ♡


ちょうどその時

異次元トンネルの奥から、

轟音が聞こえてきた。


おぞましい音は、”ゴッドファーザーのテーマー”のメロディーを模した

クラクションを共に来訪した。


白いオープンカーと、スモークガラスの黒い車が

まるで結婚式とお葬式のお迎えみたいに

連なってこちらにむかってくる。

それは僕たちの前でピタッと停止した。


スモークガラスの黒い車から、

全身に筋肉をまとったマッチョな男が降りてきた。


「真衣華、マッチョ見参!

今夜の相手は、ササミで出来た極上ボディを持つ

マッチョ郷田だぜ♡

夜通し俺の肉ぶとんでお前を包み込んでやるからな」


「まあ嬉しい!」


「その前に、そこのおしっこ垂れを

あの世に送ってやるぜ」


マッチョ郷田はシャドーボクシングを始めた。


「ごめんなさい、マッチョ郷田さん

彼はただのタクシードライバー、

私たちとは何の関係もないわ。それ以上でも以下でもない。

だから解放してあげて」


♦︎キミと私はなんの関係もないわ

♠️僕とあなたはなんの関係もない

その言葉に僕は、なぜかすごく落ち込んだ。


「真衣華、そのしょんべんたれは、

彼氏でないんだな」


「そうよ、こんなしょんべんタレが彼氏な訳ないでしょ」


僕はさらに奈落の底まで落ち込んだ。


「しかし、お前は俺に恥をかかせた。

その落とし前はどうつけてくれる?」


「ごめんなさい、郷田さん、

あなたの言うことなら、なんでもします」


♠️真衣華さん、そんなこと言っちゃダメだよ!


真衣華さんの細くてスラリと長い右足から、

赤いハイヒールがぱたんと地面に落ちる。


「真衣華はもらっていく、

タクシードライバーは、早く仕事に戻りたまえ」


マッチョは、真衣華さんを抱っこしたまま、

ホテルに入って行った。

後に残された僕は、地面に落ちた真衣華さんの

右のハイヒール地面から拾い上げた。

続く

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