第6話 覚醒

あいつ以外の冒険者も決して力がないわけでは無かった。しかし、フードの男の実力は計り知れず、彼等がただ闇雲に飛び込んでも。無駄死にするだけだという事は分かりきっていた。


時間を稼ぐには策が必要だ。


フォッグは冒険者の中で力が一番弱い、その代わり魔法の腕はなかなかのものだ。

他の冒険者よりちょっと年上の憎めない親父で、頭もよく、冒険者達の兄貴分的存在だった。


フォッグは攻撃魔法よりも補助の魔法を得意とした。


フォッグはすぐさま、まだ動けそうな冒険者達の意識を繋ぎ合せる。戦闘中において、会話なしで意思疎通をとれることは非常に有利だ。この魔法はフォッグの得意魔法で、テレパシーのようなものだと思ってくれればいい。


しかしいくら得意魔法といえ、この時はフォッグ自身も含め5人もの意識を繋ぎ合せた。いつ頭の血管がはち切れて、死んでもおかしくないような状況だった。


フォッグは魔法で時間を稼ぐ作戦を速やかに伝えた。フォッグの作戦に異論を挟む者はいなかった。いや、異論なんて挟む暇は無かったよ。


フォッグが全員に作戦を告げると、通信はすぐさま途絶えた。冒険者達は唇をぐっと噛み締める。


そう、作戦を告げたフォッグは既に事切れていたのだ。


フォッグの作戦は黒い砂の塊を一時的に破壊するというものだった。


足止めなら単純に考えればフードの男を狙えばいいはずだが、冒険者たちの攻撃はフードの男にかすり傷一つ負わせることができないし、攻撃したところで1秒ももたずに返り討ちにあい、殺されてしまうだろう。そうなると、男への攻撃ではなく、まず武器の破壊を優先するべきだ。


だからと言ってあの砂の塊を破壊するのは一筋縄ではいかない。

あの砂には相当の魔力が練りこまれており、固められている。


しかしフォッグは魔力の観察を行い、あの四角形の塊の上面だけ魔力が薄くなっていることに気がついた。砂の塊は浮遊しているため上面は地上からは見ることができず、まして攻撃などは容易にできない。そのため魔力を節約するためにもわざと上面には魔力をあまり注いでいないのだろう。


上面を集中的に攻めれば一時的に武器を破壊できる。外部から破壊された魔力武器の再生成には時間がかかる。武器がなくなれば隙ができるはずだ。


しかし上部を攻撃すると言っても、あの武器の上まで飛び上がり攻撃することができる冒険者はそういない。


さらに言えば、武器の破壊には相当の破壊力のある一撃が必要だが、冒険者達の中で一番高い攻撃力を持っているのはドンという冒険者だ。

ドンの武器はバカでかいハンマー。残念ながらハンマーのような広範囲に力を加える武器ではあの砂に効力は薄い。

一点に集中して力を加えなければ破壊は無理だろう。


仮に武器が破壊できたとしても、次はやはりフードの男を止めなくてはならない。しかしやつは武器の再生成で魔力を使うはず。

魔力量の少ない攻撃。オークキングの金棒の一撃を耐えたこともあるカーティスなら受けきれるかもしれない。


初めに動いたのはコリンという名の冒険者だった。コリンは盗賊上がりの冒険者で、素早い身のこなしと投擲が自慢だ。コリンは猿のように町の家の屋根をピョンピョンと飛び交い、あっという間に砂の塊の真上に飛び上がった。


コリンは懐から良く研がれた鋭いナイフを取り出し、浮遊する塊の上面のちょうど真ん中目がけ、投擲した。


「セイッ!」


フォッグの予想した通りだ!

普通ならこの程度の投擲攻撃ははじかれてしまうはずだが、塊の上面にはぷすりとナイフが見事に突き刺さった。



ナイフが突き刺さるほんの少し前、ドンはハンマーを握りしめ、走り始めた。パワー系のドンはスピードが足りないと思われがちだが決してそうではない。確かに彼のスタートダッシュはドッス、ドッスと不格好な音を立てており、褒められたものではないが、彼は徐々にスピードに乗っていき、その姿はまるで重馬車のようだった。


フードの男は上面にナイフが突き刺さっていることに気が付かないまま、砂の塊を地面に叩き落とす。


「ソロソロ、死ンデネ」

「やなこった!」

あいつは何とかそれをかわす。


またもや「ズドォォォォォン」と地面が揺れる。


さぁ、ドンの出番だ。地面に落ちた塊なら、上面は丸見えだ。待ってましたと言わんばかりにドンは塊の上に飛び上がり、突き刺さっているナイフめがけ、まるで釘打ちのようにハンマーで叩きつけた。


「ギィィィィィン」


激しい音。


するとどうだろう、今までびくともしなかったはずの砂の塊が、シャンと一瞬で崩れ落ち、そこに砂の山ができあがったのだ。


やった、成功だ!俺たちはぐっと拳を握りしめた。


さすがにこれはフードの男も予想外だったようだ。


「ゴミカス共ノクセニ!殺ス!」


男は砂の塊の再生成を行いながらも、一撃を終えたドンを殺そうと手刀を繰り出した。

ドンと男の間に、素早くカーティスが入る。

カーティスはその手刀を両腕で受け止めるが、自慢のウーツ鋼の鎧が無残に砕け散り、腕の骨が折れた。


いや、カーティスでなければ腕どころから体まで真っ二つにされていたはずだ。

フードの男はすかさず二撃目を、今度はカーティスの心臓目がけて放つ。

コリンが素早く飛び上がった。


「うぉぉぉぉぉ!」


カーティスを助けるため、雄たけびと共にコリンが蹴りを顔面に叩きこもうとした。しかし無残にもコリンは男に足を切り落とされる。


「喰らえ!」


ドンはハンマーを振りかぶるが瞬時に腕を切り落とされる。


このままじゃ皆……殺される。


あと他に動ける者……。皆を助けられる者……。フォッグが意識を繋いで作戦を告げた、最後の一人……。


そう、それは俺だったんだ。


フォッグが命を懸けて作戦を伝えた最後の一人は冒険者ではなく、ただの武器屋のこの俺だった。


そして俺だけが何も役目を言い渡されなかった。

だから何をしろと言うわけでもなかったはずだ。


なんで俺に?

戦ったこともない俺になにができる?

動ける者が他にいなかったから?

俺は……何をすればいいんだ?


答えが出る前に、俺は槍を持ち、走り出していた。


無我夢中だった。

気が付けばカーティスの心臓を貫こうとしている男の腕に、俺は槍を突き入れていた。


信じられないことが起こった。あれだけ冒険者たちが切り付けてもびくともしなかった奴の体だったが、俺の放った槍は、やつの手刀を貫いたんだ。

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