第5話 老人の長い昔話と

「50年前か60年前か……もしかしたらもっと昔かもしれない……


とにかくあれは俺がまだ馬鹿な若僧だったころのことだ。


俺はあの日、1人の冒険者と会った。

自信過剰で口が悪い、あいつもまた、馬鹿な若僧だった。


あいつはその日、俺がつい一か月前に打ったばかりの自信作のロングソードを手に取ってこう言いやがった。


「なんだこいつは!こんな不恰好な剣今まで見たこともねぇや!」


俺は頭にきて、今にもあいつに飛びかかりそうだったのを、なんとか親方が止めてくれていた。でもな、その後すぐにあいつは言ったんだ。



「格好は悪いが……俺はこんな素直で力強い剣を今まで見たことがねぇ!決めた、これを買う!」


それが初めて売れた俺の剣だった。


それからやつはちょくちょくウチの店に顔を出した。来るたびに俺の新作に文句をつけては、俺と喧嘩した。

そのくせやつは俺の打った武器以外は買っていかなかった。

正直、嬉しかったよ。

あいつは、性格はあれだが、冒険者としての腕は一流だったんだ。


あいつはしばらくこの町に滞在して冒険者の仕事をしているみたいだった。


親友だったのかって?

いや、薄ら寒い。


……だが、人間にとって一番大事な部分で、俺とあいつは分かり合っていたかもな。


そんなある日、その日は偶然親方が用事で出ていて、俺以外店にはいなかったんだ。

突然あいつは言った。


「ローガン、3日後俺はこの町を出ようと思う」


正直驚いたよ。寂しいとも違う、引き止めたいとも違う。なんとも言えない感情が胸にあったが、俺は「そうか」と一つ言えただけだった。


もっと言いたいことがあった気がするが、それだけだ。


その時、俺はあいつが腰に差しているロングソードが目に入った。

あの時のロングソードだった。


「その剣、打ち直させてくれないか?」


そんな言葉がポロりと俺の口から出た。

あいつは何故か嬉しそうに笑い、俺の前に剣を差し出し言った。


「俺が納得のいく剣を打てるのは世界にもローガン、お前しかいないと思う。剣士にとって剣は命に等しい。ローガン俺の命、3日間お前に預ける!」


剣は命。

あいつからその言葉を聞けたおかげで、俺は今まで一本たりともなまくらな武器を作った事がない。


俺はその日から親方に休みを貰い、一日中やつの剣を打ち続けた。3日あれば……間に合ったのかもな。いや、言い訳だ。


あいつの命を預かった2日後、この町に最悪の恐怖がやってきたんだ……。


俺はその日もあいつの剣の調整をしていた。


昼飯時、やつは息を切らして俺の所に来た。


「はぁ、はぁ!……ローガン、俺の剣を!」


急にどうしたんだ、町を出るのは明日だろ?


「緊急事態だ」


そう言ってあいつは俺がさっきまで調整していた剣を黙って手に取った。


「まだ完成じゃない。前よりはマシだが、これじゃあお前には……」


俺がそう言うのをやつは遮るようにして言った。


「いい剣だ。ありがとう、ローガン」


「いったい何があったって言うんだ」


「……町の北側に大量の魔物が攻めてきている。危ないからお前はここに隠れていろ!なぁに、ここまでは俺が来させねぇさ」



あいつはすぐに店を飛び出した。

俺はただの鍛冶師。

もちろん魔物と戦う術なんてもっちゃいない。

きっと行っても何も出来ないんだろうと思った。

だからあいつの言う通り、家の中でしばらく隠れていたんだが、やっぱりいてもたってもいれなくなって、自分で打った槍を片手に、町の北側に走ったんだ。


俺が駆けつけた時、町の北側には10数体の魔物がいた。

だがすでに、あいつ以外にも数人の冒険者達が駆けつけており、彼らは見事に魔物を食い止めていた。中でもあいつの活躍は凄かった。


やつが剣を振ると右側で斧を振り上げていたオークの腕が吹き飛んだ。やつの剣はとにかく振りが速い。他の者が剣を使えば、それは切るというより叩きつけるという感じだが、あいつの剣はまるで剃刀の様だったよ。


あの剣技を実際見るのは初めてだったよ。あの時は鳥肌がたった。

あいつの為に打つべき剣がどんなものか、その瞬間理解出来た。

今すぐにでもあいつのロングソードを完成させたくなった。


やつは身のこなしも凄かった。他の冒険者はパーティーを組み、数人で一体の魔物を相手にするが、やつは逆に複数の魔物を1人で相手にした。


まるで後ろに目がついているみたいだった。

魔物達はあいつの背後に回り込みヒュンと武器をふるが、やつは体勢を低くしてそれを避けた。

次の瞬間くるんと足を回し、魔物に足払いをかける。

倒れこんだ魔物はなす術もなく地面に倒れ込み、気がつけばさっと首をかっ切られていた。


これはたまらんと魔物達は3匹で一辺に襲いかかるが、まず正面から向かった魔物があっさり真っ二つにされた。

あと2匹。あいつはいつの間に取り出したのか、左手に短剣をもっており、ロングソードとその短剣で、器用に2匹の剣を受けきっていた。


その後は1分もしない内に、やつを狙った魔物の眉間には短剣が深々と突き刺さり、もう1匹は上の体と下の体が離れ離れになっていた。


「す、すげぇ……」


俺は思わず声を漏らした。

その時だった。ある違和感に気が付いた。あれだけの数の魔物を倒しているのにもかかわらず、魔物の数が一向に減らないのだ。


幸い俺はまだ魔物達に気付かれていなかったので、この違和感の正体をつきとめるために辺りを見渡した。


すると、冒険者達に混じり見知らぬ黒いフードの男が魔物と入り乱れている。一見するとフードの男も魔物と戦っているように見えるが、良く観察するとこいつだけ魔物から攻撃されていない。


俺はすぐにこのことをあいつに伝えなければと思った。


この時俺は、背後に忍び寄っている魔物の影に、全く気がつけないでいたんだ。


「ローガン!」


あいつはそう叫び、風よりも速く俺に飛びかかってきた。


いや実際は、あいつは俺の後ろで剣を振り上げていたコボルトに向かっていってたんだがな。


あいつは俺を突き飛ばし、コボルトの剣を瞬時にさばいたかと思うと、次の瞬間にはもう斬り捨てていた。


俺はあの時偶然にも、あいつに斬られる魔物の気分を味わった訳だが、血が凍るっていうのはああいうことなんだろう。あいつを超える冒険者に、俺は今まで出会ったことがない。


「何故来た!ローガン!」


やつは本気で怒っていた。でも今はそれどころではない。


「あれ!黒いフードの男!」


そう言って俺は男を指差した。

あいつはフードの男にスッと目をやる。

俺はその時、もう一つあることに気が付いた。さっき突き飛ばされたおかげで俺の目線は地面に近かったんだ。


あいつに斬られたコボルトの死体がゆっくりと黒い砂に変わり、その砂はフードの男の方に向かい流れていった。


「し、死体から砂が!」


あいつはチッと舌打ちしてみせた。


「ネクロマンサーか……気付くのが遅かった」


あいつはフードの男めがけ突っ込み、雷鳴のようにその剣を振るった。



フードの男はすぐにその殺気に気付いたようだったが、あいつの剣の方が一歩速かった。


フードの男は腕をクロスさせ剣をガードしようとしたが、そんな事であいつの一撃が受け切れるはずがない。


「キィィン」


あまりのことに理解が追いつかなかった。フードの男の腕はあいつの一撃でスッパリと斬り落とされてしまうはずだった。


しかし現実は、やつの服にサッと切れ目が入った程度。それどころか男は素手であの剣撃をはじき返したのである。


「アレレ?バレチャッタ?」


フードの男は首を傾げ、人とは思えぬ不気味な声で言った。


「デモマァ、モウジュウブンカ」


そう言うと今まで暴れ回っていた魔物達が黒い砂になり、サッと崩れ落ちた。


俺は周囲を見渡す。

もう十分、か……。

確かに、冒険者達は魔物達との戦いで傷付き、疲弊しきっていた。


やつと戦える者はもう残っていないだろう。


「死霊使いが、この町に何の用だ」


まだ唯一力の残っていたあいつは、そう言ってロングソードの切っ先をフードの男に向けた。


「アノ方ガ、言ッタネ、継グ者ガ、アラワレタッテ」


「継ぐ者?何だそれは?」


フードの男はクックックと不気味にわらった。いつの間にかやつの周りには黒い砂が全て集まっていた。


「アンタ、スゴク強イネ。アンタガ、継グ者デ、マチガイナイネ」


「お話の通じるような相手じゃなさそうだな」


あいつが剣を構えると、やつの周りの黒い砂が、刃のように形を変え飛びかかって行った。


黒い砂の刃は硬く、剣で切り裂く事は出来そうに無かったが、それでも容易にはじき返すことができていた。


一つの刃では無理と分かったのだろう。

フードの男が操る砂は、10数の触手の様な刃に形を変え、激しく攻め立てる。


なんて数の刃だ……あれ程の手数を、剣一本で受け切るなんて……。


ガイン、ガインと音が弾け、バチリバチリと火花が散った。


「キリ無イネ、ナラコレハドウカナ?」


次に砂は大きな四角い塊に形を変えた。それは巨大なハンマーのように、頭上に向けもの凄いスピードで振り落とされる。


あいつはヒラリと身をかわす。


「ズゴォォォォン」

という大砲の様な凄まじい音が鳴り。砂の塊が落ちた地面は20センチばかりも沈んでしまった。


「流石にあれは受けきれないな」


「ダロウ、トッテオキネ!」


勝ち目は無い……。


俺はそう思っていたが、あいつの目は諦めていない、光を失っていなかった!


「ああ、くそぉ!避けてばっかじゃ勝てやしねぇ!10秒……いや、5秒時間が稼げれば!」


あいつは馬鹿でかい声でそう言った。


そう、あいつは勝機を狙っていた。そして冒険者達を信じていた!


声を聞いた傷付いた冒険者達は、最後の力を振り絞り、もう一度戦おうと立ち上がったのだ。

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