第4話 その昔、異世界に迷い込んだ可哀想な日本人がいたとさ
異世界に来て初めて知った事。
学校の上履きで草原に来てはいけない。
街灯もないので、日が完全に沈んでしまったらまずいと思い、走って町に向かおうとしたのだが、滑ってバランスを崩した。
転ぶ寸前の所で何とか踏ん張る。
異世界に来て早々泥だらけになるところだった。
だいたい異世界に来たってのに学生服のままっていうのはいただけない。異世界に飛ばすのならそれらしい剣と鎧くらいはサービスしてくれるべきだ。
なんてくだらない事を考えられている訳だ。
少し気持ちが落ち着いてきたようだ。
そうこうしている内に1時間は歩いただろうか。
僕はなんとか日が沈み切る前に町に着くことができた。
町についてまずホッとした出来事がある。
町には民家の他に、様々な店が並んでいたが、その店にかかる看板の文字がなんと見慣れた日本語だったのだ。
並んでいる建物は西洋風なのだが、言葉は日本語だ。
奇妙なことだが、今は何故異世界に日本語があるかという問題については考えないことにした。
それよりも今は、今日泊まる宿や夕食の事を考えるべきである。
日が沈む前とはいえ辺りは薄暗く人も疎らだ。通り過ぎる人はジロジロと僕の事を見るが声はかけてこない。
この学生服が悪目立ちの原因だろう。町の人は中世ヨーロッパの様な格好をしているのだ。そんな中真っ黒な詰襟を着ていては奇異な目をされても仕方がない。
町中じゃ目立つ。どこかに入って、そこで情報収集でもするのがいいかもしれない。
まだ灯りのついている店はもう少ない。
もちろん宿屋には灯が付いていたが、お金を持たずに入るのは気がひける。
宿屋以外でどこか、と思っていると
「武器屋」
と飾り気のない看板をかけている質素な店を見つけた。
武器!
その言葉に妙に異世界を感じる。
中を見てみたい!
好奇心を出している場合ではないのは分かっているが、どうしても中に入ってみたくなった。
「お邪魔します」
できるだけ申し訳なさそうに店に入るが、店主と思わしき体格の良い白い髪の老年の者は、こちらに見向きもせず、熱せられた鉄を、カチンカチンと打ち続けている。
店には至る所に、立派な剣だの槍だのが飾られている。かっこいい……。
剣や槍が普通に売っているなんて、やっぱりここは異世界に間違いない。
一生懸命に作業しているこの老人の邪魔をしたくなかったので、僕は後ろでしばらく待つことにした。
体感では20分くらい?
作業を終えた老人はふーっとため息をつくとこちらに体を向け僕の方を見つめた。
僕に気がついていない訳ではなかったのか。
老人の真っ直ぐな目に僕は何を言えばいいのか分からなくなってしまった。
そもそもこっちの世界のお金もない。普通見ず知らずの得体の知れない人間を無償で助けてくれる様な人がいるだろうか。
せめてバッグをこの世界に持ってきていれば、ノートを開く前に事前に準備していれば……今となっては、悔やんでもどうにもならない。
先に口を開いたのは老人の方だった。
「その服は……?」
「あっ、えっと、これは……」
僕が戸惑っていると、老人は優しい声でこう言った。
「別の世界から来たのか?……心配しなくていい。昔……そういう友人がいた。……お前を助けたい」
「えっ?」
突然の事に僕は戸惑い、言葉を詰まらせた。
老人は僕の心を読み取ったようでさらに続ける。
「その古い友人からの予言と約束だ。お前がここに来た時助けてやってくれとそいつに言われてな。……俺はローガンだ、お前は今夜俺の手伝いをするといい」
やっぱり言葉が出てこない。老人はボリボリと頭をかきながら言う。
「裏から水を汲んできてくれ。飯にしよう」
まだ事態を上手く飲み込めなかった。
もしかしたらこの老人は僕を騙そうとしているのかもしれない。
一瞬そんな考えが頭をよぎったが、僕は今知らない世界にいて、頼る者もいないのだ。
偶然か運命か、幸か不幸か、なんだか訳知りの者にいきなり出会えたのだ。
この機を逃してはならないと僕は食事の仕度や、水汲みの手伝いをして、このローガンという老人の世話になることにした。
そうはいっても、普段家で何もやっていない僕は、ほとんど役に立たなかった。
むしろ失敗もしたので仕事を増やしてしまったかもしれない。
それでもローガンは全く怒ったりしなかった。
「僕、桐島銀一郎っていいます」
「……。そうか」
食事の準備中と食事の時間を通して、僕たちの間に交わされた会話はこのくらい。
ローガンはあまり多くを話さなかった。僕もあまり話す方ではないし、その夜はあの話をするまで、沈黙の時間が多かった。でも嫌な沈黙じゃなかった。
あの話というのは、ローガンの友人と予言の話だ。
眠る前に明日の下準備をするらしい。たぶん仕事の準備だろう。
僕はそれを手伝いながら、思いきってローガンに話してみた。
「あの、ローガンさん。さっき言ってた予言と約束の話、詳しく聞かせてもらいませんか?」
ローガンはその言葉を聞いてしばらく黙っていたが、僕の目を真剣に見つめこう言った
「……そうだな。これからする事のためにも、お前は聞いておくべきかもしれないな……」
ローガンは作業をやめ、安楽椅子に深々と腰をかけ、パイプに火をつけた。
「座りなさい」
ローガンは向かいの椅子を進めた。
僕が腰掛けたのを確かめると、ふーっと深い煙を一つ吐き、ローガンはポツリポツリと昔話を始めた。
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