ep.32 不可能を可能にする、勇気の“拳”

 空は、もうすぐ夜が明ける。

 この状態でチアノーゼが外に晒されれば、灰になって消えるだろう。だが、


 ドーン! ドドーン!

「うわ怖っ! もう~、いつまで湧いてくるのこのイバラたち!?」

「チッ、面倒だ。これじゃあ、いくら命があっても足りないぞ」

 そう、マリアとノアが四方八方から襲ってくる遠隔魔法に苦戦していた。

 僕とアゲハは虹色蝶の瞬間移動で、あれよあれよと回避しているが、いつまた悪魔が湧いて出てくるか分からないし、ずっとここにいても体力が奪われていくだけ。


「待っていても仕方がない! 地下へ突入しよう!」


 アゲハがそういって、なおも襲い掛かってくる悪魔に対し刀の連撃をお見舞いした。

 女王の言う通り、ここは自分達でチアノーゼを討伐しよう。厄介な氷柱とイバラの親玉が健在である限り、この状況が落ち着く事はないからだ。僕達は地下へと急いだ。




 ――――――――――




「はぁ… はぁ… はぁ…!」


 地下の冷暗所。

 幾つもの別件被害者や、謎の失踪を遂げた者達の遺体が、氷塊に封印されている場所。

 チアノーゼはそこへ身を隠した。表情に焦りが出ている。


「どういうこと…? なぜ、私の魔法が効かない…!? なぜ、みんな花にされるの!?」


 チアノーゼには理解できなかった。

 前回まで烏合うごうしゅうだと見くびっていた僕達に、今回は追い詰められているのだ。自分の思い通りにいかないこの現状に、苛立ちを隠せない。


 首にかけているクリスタルチャームをぎゅっと握り締め、膝を落とし、身を震わせる。

 そして、クリスタルに封印されている主へと問いかけた。


「そんなはずはない…! ずっと、共に生きてきた私達に、不可能なんてないはず! 奴らの能力だって、把握してきたはずよ!? そうでしょう!? 答えてよ、シアン!!」


 チアノーゼは叫んだ。

 だが、クリスタルは仄かに明るく発光することも、点滅する事もない。


 ずっと、一定の輝きを保ったままだ。反応がないのである。



「まさか」



 クリスタルを見つめるチアノーゼの視線が、遠のく。

 その視線は、やがて主に対する「慈愛」から、「憎悪」へと変わっていった。


「黙ってたの…? あいつらに、魔法を無効化する力がある事を、私に隠してたの!? 嘘よ! 今日の今日まで、あなたを信じていたのに!! 私を裏切ったのね!!?」


 クリスタルチャームを通していたネックレスは、いつの間にか壊れていた。

 先の戦闘で、紐が千切れたのだろう。だが、今はそんな事はどうでもいいのか、怒りに任せてクリスタルを持つその手を振り上げた。


「このっ…!」



 クリスタルが叩き壊される!


 …とは、ならなかった。チアノーゼが寸前で思い留まり、投げずに腕を下ろしたのだ。

 ヒヤっとさせられる瞬間であった。



「ぐすっ… どうして…」

 チアノーゼが、床に両手をつき、嗚咽を上げる。


 吸血鬼が、初めて見せる「涙」であった。が、


 バーン!!

「見つけたぞ! そこまでだ、チアノーゼ!!」

 僕達、前衛4人のお出ましだ。

 持ち武器と力技でデカい扉を叩き壊し、ついに主に追いついたのである。


「くっ…!」


 だが、チアノーゼはまだ諦めなかった。

 クリスタルを固く握りしめ、鬼の様な形相で立ち上がる。そして叫んだ。



「私に、近づくなぁぁぁ!!!」



 その瞬間、とてつもない轟音が鳴り響いた。




 ――――――――――




 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…!!


 ――ジョナサン、早く!


 その頃。

 城外にまで轟音が鳴り響くその一角、マニー達が声をかけた先の林の裏で、ジョンがコンパウンドボウを持って次の爆弾矢の砲撃準備に入った。

 最初の、暗黒城に穴を空けたのは外でもない彼である。一度穴を空けたら、次にチアノーゼが別の所で追い詰められている内にもう一発、城に穴を空けるという大胆な作戦だ。


「みてサリバ! あそこにジョナサンが!」

「ホントだ! まだケガが治ってないのに、無茶だよ!」


 と、また別の場所で身を隠していたサリイシュが、ジョンの存在に気がつく。


 僕達メンバーで射撃に秀でているのは現状、彼しかしない。

 弓ではなくライフルとかの狙撃銃なら、キャミとマイキも担当できたかもしれないけど、如何せんそんな大層なものはこの異世界にはないのだ。たぶん。


 ギリギリギリギリ…!

「これで…! 陽が差し込めば…!!」

 と、ジョンが歯痒い表情で弦を引っ張る。矢の先端には赤丸のTNT。

 導火線に火がついており、時間経過で爆発する仕組みなのだが…


「ぐあっ!!」

 ボトッ。カランカランカラン。


 ジョンが苦痛の表情で弦を引っ張れず、弓ごと落とし、肩を強く押さえた。

 先の負傷で骨折している個所があるため、思うように矢を引けないのだ。最初の一発で無茶をしたのだろう、TNT付きの矢がポトッと地面に落ちた。


「まずい!!」

 その様子を見たイシュタが、ジョンの元へ走った。

 あのままだと、落ちている矢の爆発にジョンが巻き込まれてしまう!

「イシュタ!?」

 サリバは1人置いていかれ、ジョンを助けに向かうイシュタを目で追った。


「やー!!」

 ボコン!

 イシュタはすぐに、近くに落ちている矢をサッカーボールの如く遠くへ蹴り飛ばした。


「は!? な、なんでお前がここに…!?」

「あぶない!!」

「のわああああ!?」


 イシュタが今にも泣きそうな顔で、ジョンを抱えてその場から離れた、次の瞬間。



 ドーン!!


「ふぇ~!」

 サリバも目を瞑った。イシュタとジョンはその場で伏せた。

 間一髪、矢の大爆発から逃れたのである。あと一歩遅かったら、確実にやられていた。




 ――――――――――




 ドーン! ドドーン!!


 固くて黒いイバラが、どんどん城全体を包み込むようにして増殖した。

 今までにない規模で、チアノーゼの魔法が暴発している。外で戦っているメンバーも、このままでは魔法無効化の発現が追い付かない。


「なっ…! あのバカ娘たち!!」

 バシーン!!

「わぁ!」


 マニーがTNTの爆発を聞き、振り向いた先にあるサリイシュに気が付いた。

 が、その前にイバラの攻撃が容赦ない。マニーはよそ見をした一瞬の隙を突かれ、数m後方へ吹き飛ばされてしまった。

「マニュエル!」

 ヘルがそれに気づき、すぐに回復のポーションを投げる。

 が、そこを悪魔達が妨害。飛んできた無数の攻撃を、避ける道を余儀なくされた。




 ――――――――――




「みんな! 私にも、戦わせて!」


 サリバは1人、震えた手で大剣を持ち、暗黒城前へと駆けつけていた。

 イシュタがジョンを抱え、安全な場所へ避難している間にも、サリバはまだ自分だけが何もできていないという“焦り”に苛まれているのだ。


 だが、一体どこまで伸びてくるかが分からないイバラ攻撃が怖くて、前に進めない。

 それでも、皆を助けたい。そんな葛藤と戦っている――。


「サリバ、くるな!!」


 空から、そんなヘル達の声が聞こえる。

 この状況でも、まだ自分達は戦ってはいけないというのか。サリバはそう思った事だろう。


「どうして、ダメっていうの…? もう、見てられないよ…! あんまりだよ!」


 大剣を持つ手が、怒りで震えている。

 サリバの全身からは、やがてじわじわと特殊なオーラが浮かび上がってきた。そして、



「別に、褒められなくたっていい…! 私は… 私は! みんなを、助けたいんだ!!!」



 サリバは叫んだ。

 全身から溢れるオーラが、一気に放出される。そして地響きが鳴った。


 ゴゴゴゴゴゴゴ…!!!


 サリバの全身が、みるみるうちに大きくなっていく。

 僕達はその光景に、度肝を抜かれた。なんと、サリバがその場で巨大化したのだ!


(つづく)

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