ep.31 魔法を「お花」に変える大作戦!

 こんな夜中に突如襲撃されるなど、きっと本人は思ってもみなかっただろう。

 だが、ここアガーレールの次元は時の流れが早い。ここの1日は、僕達の元きた世界の20分である。つまりあと数分すれば、すぐに朝を迎えるのだ。

 つまりこのまま、あの主を外へ連れ出せば…


「おのれ、身の程知らずが! 勝てない相手に、英雄ごっこなぞふざけているわ!!」


 チアノーゼは激怒した。

 僕達の考えている事はもう分かるのだろう、そう簡単にはバルコニーから降りない吸血鬼。もちろん、その辺りも想定の範囲内。

 自分の城の一部に穴を空けられたのだから、怒るのも無理はないが、これで少しは襲撃された側の気持ちが分かったのではないだろうか? いや、分かろうともしないか。


 とにかく、そんなチアノーゼの脅しには一切屈しなかった。僕達は前進した。


 ――北北西2、東南東4だ! 気を付けろ!

 ――西に悪魔2体、1体は弓を持ってる! ジョナサン、準備よろしく!

 ――わかってる! まだ弦を引く指が痛てぇーんだって!


 ドーン!! ドーン!!


 城の周囲から、大きな氷柱が何本も轟音とともに突き上がってきた。

 あの時よりも、遥かに鋭利で巨大な氷だ。こんなものに胴体を刺されたらひとたまりもない。

 だが、僕達はそんな氷柱をものともせず、いとも簡単に攻撃を躱しているのであった。


 それもそのはず。

 今の僕達はあのイヤホンのお陰で、透視やテレパシーが使えるので、どこから攻撃がきても避けられるのだ。表向きは“無言”で。


「ふん。少しは学んだようだけど、読みが甘いわね」

 なんて呟きながら、なおもバルコニーからの氷柱攻撃を止める気配がないチアノーゼ。

 だが、イヤホンの存在や機能には気づいていないようだ。



 しかしこんな夜中に戦うなんて、普通だったら近所迷惑もいいところ。

 だから、近所に住んでいるオークやエルフが目を覚ましても、その音がするところまではみな、無暗に近づかないのであった。

 なぜなら、おそれ多い暗黒城の長を前に、誰も注意する事ができないから。


 なので、本来ならそんな暗黒城が見える石橋前の林へ、態々足を運ぶ人はいないはずなのだが…



「やっぱり! 女王様たち、次こそあの城の主を倒すつもりだよ!」

「うん! 勇者様も不在だから、その隙に剣を取り戻せたけど、いつ助太刀しよう!?」



 て、ちょっとまてーぃ!!

 今の男女のヒソヒソ声、メチャクチャ聞き覚えがあるぞ!? しかも木の裏に隠れ、頼りなさそうに大層な剣なんかもって!


 そう。

 あのサリバとイシュタが、どういうわけか僕達の後をコッソリついてきていたのである。

 保護者がみたら阿鼻叫喚モノ。君達、あとでマニュエルに叱られても知らないぞ!?




「侵入者だー!」「かかれー!」

 その頃。先に城内へと突入した僕達は、爆音を聞いて飛び込んできた悪魔達と、さっそく戦闘のエンカウントに入った。

 こうなる事は予想していたので、僕とジョンの予知能力を駆使し、どこからどんな攻撃が来てもそれに対処する。


 今回、最初の出陣時とは若干メンバー編成が変わっている。

 僕とアゲハ、ノアの3人は継続で、ジョンも遠くから狙撃と未来予知の指示に徹しているが、それ以外がチェンジされた。リリルカはマニーとマリアに、若葉はヘルに交代だ。


「あんたたち、この前はよくもジョンを!!」

 ドカーン! ビリビリビリー!!

「「あばばばばばばば!!」」


 城内へ入る目前、通せんぼをしてきた悪魔数体を、マリアの感電攻撃が襲う。

 力むようなポーズからの、広範囲に渡る放電は、敵に相当なダメージを与える。おまけに一部は体を麻痺させる効果があるので、その隙にトドメを刺せばオーケー。


「隙あり!」

 僕はその間、まだ湧いてくる悪魔達の退治と、チアノーゼがいる場所へ辿り着くための経路を模索した。

 ノアもアゲハも、自分達が得意とする戦術で、悪魔達に居合斬りや重撃をお見舞いしたものだ。彼らの行動パターンはもう分かっているので、あとは数の暴力に対抗するのみ。


 ガラガラガラガラ…

「ひだり!」

 ガッシャーン! ドーン! ドーン!

「しゃがめ!」

 ブサ! ブサブサ!

「うわ、あっぶね!」


 なんて、もう擬音と台詞ばかりで何が起こっているのか分からないかもしれないが、部屋を進むたびに仕掛けが作動する音が鳴り、トラップが発動する。

 僕達はそれらを予知しながら、トラップの餌食にならないよう、回避を繰り返したのだ。


 部屋はトラップの作動や、遠隔からの氷柱攻撃により、頻繁に間取りが変化する。

 からくり城なので、そう簡単にバルコニーへ辿り着けない事は分かっているのだが、挟み撃ちを兼ねてヘルやマニーといった、空を飛べるキャラも編成に組み込んだものだ。




「曲者!!」

 シュルシュルシュル~!


 バルコニーからは、チアノーゼが城内を動かしながら、空からやってきたヘル達にイバラ攻撃を振るっていた。

 だが、ヘル達は四方八方から襲い掛かってくる魔法攻撃を、直接目で追わずともするりと躱しているのだ。まるで、この先の未来が読めているかのよう。


「バカな…! あのオス猫が見当たらないのに、どうやって!?」


 オス猫―― ジョナサンのことか。とにかくチアノーゼにとっては予想外の突撃らしく、ならばもう奥の手だとばかり、手からまた「アレ」を作ろうとした。だが、


「させるか!」

 ブン!


 ヘルが手からポーション入りの風船を持ち、それをチアノーゼへと投げつけたのだ。

 だが、チアノーゼがすぐに奥の手発現を中断し、その投擲途中で弾けたポーションの効果を、浮遊魔法で受け止めた。そして、


 ブオーン!


 案の定、それはすぐにヘルが飛んでいる方向へと弾かれたリフレクトされたのだ。

 かなりの拡散効果があるので、周囲のイバラも相まって、このままだとヘルがそれを避けるのは不可能である。しかし、


 ファサ! ヒラヒラヒラ~

「な!?」


 ヘルが自らの腕を盾にするように、ポーションの拡散を振り払った。

 するとその煙が、瞬時に大量のシロツメクサへと変化したのだ。辺りは白い花びらが舞う。


「うそ!?」

 ガシッ!

「きゃ!」


 一瞬の隙を突かれた。ヘルが見せた能力に目を奪われ、完全に油断していた。

 マニーが猛スピードでタックルし、そのまま室内へ押し込んだのである。

 2人はそのまま階段下へと転がり、立ち上がるさま近接攻撃を打ち合った。


 カキーン! カキーン!


 真っ暗な城内、暗視効果で視認できるのだろう、マニーがどんどんチアノーゼに重い剣術を振るう。

 そして、それを何度も鍔競り合いで躱すチアノーゼ。このままでは埒が明かないのか、何度か剣を弾いたその瞬間、片手の平からアシッドをお見舞いした!


 バシャーン! ヒラヒラヒラ~

「え!?」


 マニーがアシッドを斬るように弾いた。

 彼の周囲には、これでもかと大量の桜の花びらが舞い散ったのだ。彼は無傷だった。


「そんな… まさか、アニリン?」


 と、チアノーゼが謎の名称を呟き、マニーを見るその視線を泳がせている。

 マニーがその反応に息を呑んだ、次の瞬間。


 ドシャーン!!! ゴロゴロゴロ…!

「うわっ!」


 自分達の間に突如、大きなイバラの壁が立ちはだかった。

 そしてチアノーゼのいる床が抜けると、彼女はそのまま落下していったのだ。

 咄嗟の判断で、その場から逃げたのである。



 ――チアノーゼが地下へ逃げた! アゲハたち、気を付けてくれ!


 と、イバラの壁をギリギリ避けたマニーが、テレパシーで指示を送った。


(つづく)

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