ep.30 Packaged Reboot 1.0

 僕達が先のスマホの件で、束の間の談笑に和んでいるその頃。

 当のアゲハはというと、王宮にて和室にいるマニーと、覇気のない表情で向かい合って座っていた。

 その横では、ヒナが2人分のお茶を淹れている。


「自分を倒すこと―― それが、彼女の求めていた『救い』だった。吸血鬼として生きる彼女のことだから、そんな『救い』もあるのだろうと、予想はしていたけど…」


 あの暗黒城での失態を引きずり、落ち込んでいるアゲハを、マニーが静かに見つめる。

 お茶を淹れ終えたヒナも、なんだか悲しげだ。


「私は、相手の手札を見誤った。失踪事件の激減もブラフで、実際は彼女の慈悲深さが招いた別件被害者の間引きであり、それらを自らの養分としてためていた・・・・・。だからあんなに余裕だったんだ… 護衛に来てくれたアキラ達には、申し訳ない事をしたと思っている」


「…そういうのは、考えたくもないが、実際に白黒ついた時に本人達に直接謝るべき事だろう。今はまだ、完全に負けが決まったわけじゃない。それに」


「?」


「『無駄な争いをしたくない』という理由で、未開の地を後回しにしてきた結果、本来なら早く見つかるはずのクリスタルも見つけられなかった。これは、相手の勢力を甘く見ていた俺にも責任がある。もちろん、今でも十分な勢力とは言えないけど、皆諦めずに『次こそ戦いに勝つ』と意気込んでいるんだ。

 次の暗黒城出陣は、俺が参戦するよ。あの襲撃の日、皆を守るために必死に戦った時の感覚を忘れたくない」


 そういって、マニーが自身の両手の平を掲げながら、しかめっ面で視線を下ろした。

 アゲハが更に歯痒そうな表情を浮かべる。


 すると見かねたのだろう、ヒナがスッと立ち上がった。


「アゲハさんも、本当はもう一度、暗黒城に出陣したいんじゃない? ケリをつける為に」

「え… 今の私に、そんな信用なんて」

 と、もう完全に自信を喪失している。ヒナは天を仰いだ。


「もう〜。言い出しっぺで上手くいかなかったからって、アゲハさんが自分を責める事はないでしょ。今日まで国の為に頑張ってきたことは、周りを見れば一目瞭然なのだから。誰にだって失敗はあるんだし、今回を糧に次へ活かせばいいよ」

「あぁ、俺もヒナの意見に賛成だ。アゲハ。今は君主としてではなく、1人の人間として、自分がどうしたいのかをハッキリさせた方がいい。もっと俺達に頼ったっていいんだよ」

「っ…」


 スーッ

「失礼する。キャミとノアからの報告だ」


 と、ここで国内のパトロールをしているマイキがふすまを開けてきた。

 彼女の耳には、あの有名なリンゴ社にありそうな白いワイヤレスイヤホンが嵌められている。ケモ耳用のパッキンで固定されているが、もちろん人間用もあるので心配無用。


「たった今テストプレイが終了し、Packagedパッケージ Rebootリブートが正式にローンチした。チュートリアルを兼ねて私達全員が装着し、感覚を覚えしだい、暗黒城への再突入準備だ」

「了解。にしても早いな、もうパッケージが完成したのか」

「ねー、本当に仕事が早くてビックリ! アゲハさんも一緒に行こう。元気だそうよ」


 と、ヒナがアゲハを励ます。

 今は落ち込んでいたって仕方がないのだから、まずは皆の所へ顔を出し、発明品に触れていく事が先である。ぼんやりとした視線だが、ここはアゲハも静かに立ち上がった。




 ――――――――――




 冒険者ギルド内にて、上界にいる人達を除き、今日まで解放された仲間全員が集合した。

 みんなの手には、かつて夢の世界で使ってきたものと酷似した、白いイヤホンが配られている。そしてその集まりの中央に、方舟の形をした50cm四方の機械が置かれていた。

 ベージュ基調の、稼働用の歯車や緩衝材かんしょうざい代わりの羽毛が取り入れられた、ちょっぴりスチームパンクなデザインだ。そう、「パッケージ」の完成である。


「これが、これから皆が使っていくものの母機だ。魔法を自分達のオブジェクトフラワーに変換する機能も備えてある。これだけあれば、次こそ暗黒城攻略に貢献できるだろう」

「この発明品の存在は暫くの間、俺達だけの秘密にしたい。敵に仕組みを知られては、元も子もないからだ。失くしたらすぐに報告、もしイヤホンの存在を先住民に訊かれても『音楽鑑賞用だ』といって通してくれ」


 僕達はノアとキャミ、それぞれの説明をしかと聞き入れ、イヤホンを耳に嵌めた。

 中には装着後、すぐに仲間同士試し打ちで効果のほどを確認したり、心の声で会話をしたりしたものだ。僕も例外ではない。


 ――この感覚、懐かしいな。無言で犯人捜しをしていた頃を思い出すよ。これで、次こそ…


 僕は心の中で、そう意気込みを語った。

 その声をイヤホン越しで聞いたみんなが、コクリと頷く。



 やがて1人の声掛けから、みんなが輪になって集まり、円陣を組んだ。

 囚われた仲間を解放し、敵に好き勝手させないためにも、僕達は誓ったのだ。


 もう、今までの自分達とは違うと。もう、敵の数の暴力に怯えるだけの集まりではないと。



「俺達で必ず暗黒城を攻略し、シアンを解放するぞ!」

「「「おー!!!」」」




 ――――――――――




 そして、時は夜。人々が家で過ごし、寝静まる頃。


 不気味な程に暗い暗黒城では、今日もチアノーゼが静かにソファで寛いでいた。

 まるで、先の大乱闘なんてなかったかのよう。



「チアノーゼ様。総統代理から伝言を預かりました」


 そんな中、外へ出向いていた手下の悪魔が部屋に入室し、跪く。

 チアノーゼは「なんて?」ときいた。


「『もうじき休暇が明ける。先日、あの蛮族が城で暴れたとの情報を耳にしたが、必要であれば国ごと排除に踏み切ろう。どうしたい?』との仰せです」


「ふん。そこまでしなくていいわ。放っておけば、いずれ私達に屈服する」


「承知致しました。では、どの様なお返事を?」


「『首脳会談でお茶をした』とだけ伝えて。大丈夫。もしまた次にあのような事があれば、その時は、そんなお茶会トモダチ・・・・・・・からの“裏切り”に遭ったと上に報告する」


 悪魔は「ハッ」と返事をし、すぐに部屋を去っていった。

 休暇とは、かのモデル業のことだろう。もうじきフェブシティへ戻る頃合いか。




 こうして再び、チアノーゼは1人になった。



「女王も、自分というガラスが割れる前に、大人しく従うが賢明だと思い知ったようね。割れたガラスは、元には戻らない。ただ、人を傷つけるだけの『凶器』と化す。そんなものを振り回されても、迷惑でしかない。

 だから、ゴミはさっさとゴミ箱へ。育ちの悪い芽は間引いて、潰して――


 それが、生きとし生ける者達の『運命』なのよ」



 その余裕は一体、いつまで続くのだろう?


 なんて、前まで彼女自身が言っていた台詞を、今度は僕達が言う番である。

 まさかそうやって裏で準備が進められているとも知らず、呑気に夜空を眺めていた。が…



 ドーン!!

「! …なに!?」


 城の一角から、とてつもない爆音が鳴り響いた。

 チアノーゼはすぐに立ちあがり、バルコニーへと飛び出す。すると城の外壁の一部が破壊され、そこから煙が上がっていたのだ。


「あなた達は…!」


 チアノーゼは城の入口となる石橋へと睨んだ。

 そこには、前回以上に武装した僕達が、アゲハを先頭に立ちはだかっていたのである。


 この時のアゲハはもう、今朝までの落ちこぼれ女王の顔ではない。彼女は叫んだ。



「約束通り、チャームを返してもらおう! それが『救い』だというのなら、受けて立とうではないか!」




 【クリスタルの魂を全解放まで、残り 13 個】

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