ep.23 交渉決裂!「彼」と共に果てる道を選んだ少女

「なら最初からそう言えばいいのに。あんな回りくどい、結局何が言いたいのか不透明な話なんかして、一体何のメリットが? 嘘をつかれるよりはマシだけど」


 チアノーゼは腕を組んだ。僅かに肩を落としている様子がみてとれる。

 真の目的を明かされ、怒っているというよりも、呆れているといった方が正しいのだろう。すぐに激昂して武力行使に至らないだけ、まだ冷静である。


 …いや、あの富沢商会のボスが寧ろ特殊すぎたのか。あの時はやかましかったなー。


「そのクリスタルチャームを『いらない』といったら、嘘になる。だがそれは元々、私たちニンゲンが制作し、各自持ち歩いているものだ。私はその“本来の使い道”を知っている。ここにいる仲間達も、みんなだ」

 と、アゲハも対抗するように冷静に説明した。もちろん、その言葉にウソはない。

 だが、この程度の対談で同意を得られるのなら、最初から僕達もここまでゴリゴリに護衛につくことはないだろう。


「『嫌だ』といったら?」


「力は『有限』なのだよ。チアノーゼ。そしてクリスタルにも、所有者によって相性や得手不得手というものが存在する。クリスタルの使い方を一歩間違えれば、それは時に所有者の身を滅ぼす脅威となる。たとえ封印された魂に、その“意思”がなかったとしても」


「だったら何?」


 チアノーゼの蔑むような返答に、アゲハが息を呑んだ。

 やはりというか、どんなにリスクがあろうと手離さない、という意味らしい。正直認めたくはないが、やはりそう簡単に屈しないのは流石、フェデュート幹部の一味というだけある。


 にしても凄く重苦しいこの対談。僕達見ている側は、とても生きた心地がしないものだ。


 その一方、ノアが落ち着いた表情で、僕の横へと距離を詰めた。

「セリナ。ちょっと」

「ん?」

 その様子、もしかして透視か何かで気づいた点があるのだろうか?

 僕はそれを顔に出さないよう、ノアの耳打ちをこっそりと聞いた。その内容とは…


 その頃。

 チアノーゼは自身のネックレスとして飾っているクリスタルに、優しく手を当てた。


 クリスタルは、まるで僕達に何かを訴えるように、仄かに発光している。

 シアン―― じきに解放するから、もう少し待っていてくれ!


「クリスタルの力で己の身を滅ぼされようが、私はそれさえも受け入れる覚悟でいる。だけど、このクリスタルとは長い付き合いの中で、一度も身を滅ぼされそうになった事はないわ。寧ろ、世界が変わった。私は彼に救われた・・・・・・の。

 あなたはそんな私の理想や生き甲斐まで、無理矢理壊したいわけ?」


「そのクリスタルに封印されている魂が、『男性』という事には気づいている様だね。

 もう一度いう。力は『有限』だ。そして、フェデュートによる外部への勢力は、確実に衰退してきている。あんたもそろそろ限界を感じているはずだ。

 私はあんたが、これ以上の抵抗で後戻りのできない『生き地獄』に晒される前に、救いの手を差し伸べるためにここへ来た。今からでも考え直せないか?」


「ハッ、『救いの手』を? 襲撃で、あれだけ多くの命を奪ってきた敵の一味に、何をふざけた事を!」


 そういって、少しだけ苛立ちを覚えたチアノーゼの言い分は尤もだが、アゲハがそれだけ自信をもって発言できるのには、相応の理由がある。


「私はかつて、この世界に降り立った当初は先住民達から『敵』とみなされてきた。だが今日までに民との信頼を築き上げ、今では君主として認められている。その前例があるからこそ、あんたの事も救えると言っているんだ」


 それが、チアノーゼに対するアゲハの説得であった。

 単に、ただクリスタルを返してもらうだけではない。そのお礼として、チアノーゼを「救う」というのである。一見、敵に向かって信じられない提案かもしれないが、きっとアゲハなりに何か考えがあるのだろう。


「あぁ、そう。その自信、一体いつまでもつのかしらね?」

 と、ここでチアノーゼが不貞腐れたように背を向けたのだ。

 ここから、更なるレスバトルが繰り広げられるのかと思ったのだが、違った。


「いいわ。その代わり条件がある」


 なんと! アゲハの物怖じしない冷静沈着な意見に、チアノーゼが折れたではないか。

 まさかの勝敗にリーチがかかった! 僕は危うく、驚きざまに大きく目を見開く所だった。でも、1つ気になる点が。


「条件…?」

 て、なんだ? と、僕もアゲハと同じ事を思ったのである。


 するとここでアゲハが、またも表情を変えぬまま、今度は後ろ手で組んでいるその左手から人差し指と中指の2本、自らの帯の結び目にポンポンとタッチする動作を見せた。

 こちらも打ち合わせ時に教えられた「プランB」。つまり、武力行使発動のサインだ。



 え? という事は、まさか…



「さっきも言ったでしょう? 私は彼に救われた・・・・・・、と。私と彼は、『一心同体』なの。だから、どうしてもこのクリスタルが欲しいというのなら――


 この“私”を、倒してからにすることね!!」


 て、結局そうなるのか!

 チアノーゼがそう声を荒げた瞬間、彼女を囲むように地面から鋭利な氷柱が、大量にブサブサと生えてきたではないか。

 氷柱攻撃は、地面を這うように、どんどん僕達のいる場所へと近づいてくる!


「まずい!」

 僕とノアはアゲハを守る体勢に入り、その場から離れた。アゲハもこうなる事を想定していたのだろう、すぐに周囲を虹色蝶の大群で覆ったのだ。


「やれー!」

「わー!」「わー!」

 チアノーゼの手下である悪魔達も、このタイミングに紛れて次々と襲い掛かろうとする。

 だが、そこをすぐにリリーとルカが百合オブジェクトで妨害、撃墜していった。


「まだくる…!」


 と、ノアが千里眼を解放し、辺りを警戒した。

 虹色蝶の大群で自分達を隠している以上、通常なら相手に僕達の姿は見えないはずだが、それでも百合オブジェクトの猛攻撃から生き延びた悪魔達がしつこい。

 彼らは身体が小さいから、その身のこなしを駆使し、なんとしても大群の中へ入ろうと必死なのだろう。ならここは、僕の黒焔魔法とノアの大剣攻撃で一掃するのみ。


「鬱陶しい蝶の大群ね。その程度の力で、私を倒せるとでも?」


 そういいながら玉座へ向かって歩くチアノーゼの全身から、冷気に包まれた青白いオーラが出ている。クリスタルに秘められた能力をドレインし、操っている証拠だ。

 かなり落ち着いている。まだまだ本気ではないのだろう。

 クリスタルの中身が先代魔王なので当然といえば当然だが、魔族と人族両方の強さを兼ね備えた吸血鬼というだけあって、よくその身がもつものである。


「くっ…!」

 僕は今のチアノーゼの煽りを受けた事で、大きな憤りを感じた。

 相手は氷属性で、陽の光にめっぽう弱い。なら、ここは本人の弱点である「炎」で少しでもダメージを与えるのみ!


 ブオン! ビューン!!

「え…? うそ!?」


 僕は大群の中から、チアノーゼに向けて黒焔の柱を放った。

 が、どういうわけかそれは目にも止まらぬ速さで、僕の所へと跳ね返ってきたのである!


「うあぁっ! っつ!!」

「アキラ! 相手はリフレフトも使いこなしている!! このままでは無理だ!!」


 と、ここでアゲハが虹色蝶での瞬間移動がてら、自分の魔法で身を焼かれそうになった僕の手を引き、その場から避難したのだ。

 危なかった。あともう少し遅かったら、自滅するところだった。あちち。


(つづく)

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