ep.22 光の女王 vs. 闇の女王、交渉開始。

「ふむ、こんなもんでいいか… ポチっとな」

 パシャリ!


 という、機械的なシャッター音がジョンの近くから響いてきた。

 僕たち異世界人の中でも珍しい、スマートフォン持ちのジョンが、自撮り感覚で暗黒城を撮影したのである。

 僕はなぜ、ジョンが暗黒城を撮影したのかを訊いてみると…


「そりゃ、これから向かうダンジョンを攻略する前とした後じゃ、景観が変わるかもしれないだろ? 前にヘルがからくり城だって言ってたし、ここは記録用に保存しとかないと」


 とのこと。

 それ以降はソーラー式のモバイルバッテリー残量を確認しはじめて、話が進まないので、僕は引き続きアゲハの護衛を行うべく、最前列へと戻った。



 出陣前、アゲハがチアノーゼと対談する旨を聞いて駆けつけてきた先住民はとても多く、ざっと30人近くが広場へ集まってきていた。

 お留守番となったサリイシュもそうだけど、みな、心配そうにアゲハの背中を見つめていたものだ。だけどアゲハはここまで来て、なお気丈に振る舞い続けている。

 アガーレールの君主として、国民を、少しでも安心させるためなのかもしれない。


「大丈夫。私は虹色蝶の使い手だ。そう、簡単には屈しないさ」


 なんて、凛々しい笑顔で答えていたアゲハだけど、本当に無理していないだろうか?

 僕達には確認できないだけで、実は今ここで虹色蝶を大量に発現させた途端、マニーの思念体モルフォだけが元気で、アゲハの心を映したアゲハチョウはみんな地面へポトポトポト~、なんて事が起こりそうで怖い。



「セリナ。今日まで、どれくらいの能力を取り戻してきたんだ? 最近のだとどう?」

 と、暗黒城へ向かう前にノアが訪ねる。僕は答えた。

「最近は、ほんの数秒先の未来が予知できるようになったのと、半径10m圏内の透視が出来るくらいかな。ポーション作りは、未だにレシピが難解過ぎて殆ど覚えてないや」

「あはは、あれは確かに原材料と効能との接点が謎すぎるのが多いからな。唐辛子って一見、体が温まるイメージだけど、まさか暗視効果が得られるなんて思いもしないだろうし」

 なんて相槌を打つ。



 ジョンのスマホ撮影が終わってすぐ、日は沈み、空は暗くなっていった。


 暗黒城の門前には、あの日と同じ、コウモリの様な小さい悪魔が2匹通せんぼ。

 だけどヘルと若葉のクリスタルを取り戻した今、ポーションを精製できる者がいなくなった今、門前まで僕達に攻撃を仕掛ける悪魔は誰一人としていないのだ。

 女王の御前では流石に無礼だと、チアノーゼに釘を刺されたのだろうか?


 僕とノアはアゲハの横につく形で、護衛に徹した。

 その後ろにはリリルカ、更にその後ろには若葉、そして最後尾にジョンがついている。

 暗黒城の中は、噂通りとても暗い。壁にかけられ、灯されているロウソクなんてほぼ飾りといって良いくらい、全てが黒基調ばかりで光がほとんど反射しないのだ。


 ――シュミわるいな、ここ。主どれだけ病んでんだよ?

 と、僕は内心思う。

 こりゃアゲハの虹色蝶の光も、あまり意味を成さないわけだ。


「ぱくっ」


 若葉をはじめ、僕達はこの時のために、ポーションカプセルを口にしてきた。

 原料はもちろん、コロニーで手に入れたトウガラシ。すると数秒程で、僕達の視界がどんどん明るくなってきた。

 たとえるなら、部屋一面ベンタブラックで塗り潰したのかという位に真っ暗だったのが、やがてコンクリート打ちっぱのマンション内部だと視認できるくらい、見えやすくなったって所かな。


 城内に入り、また別の悪魔が案内した先に、外部からの日光が一切入らないような密閉した広間がある。

 それまで、けっこう長い廊下を渡っただろうか。確かにカラクリ城というだけに室内の規模は大きく、数ある部屋もかなり入り組んでいる事が、透視機能で判明したものだ。




「チアノーゼ様。来客がお見えになられました」

「そう――。遂に、お出まし・・・・ね」



 広間の奥には、アゲハの訪問を待ち構えていた美少女が1人。


 僕は初めて、この暗黒城の主の姿を見た。

 真っ白な肌に、淡い水色の髪と瞳、そして囁くような繊細な声。

 さすがフェブシティで本業がモデル業とだけあって、一見か弱そうに見え、内では芯なる強さを秘めている事が、僕の素人目線でもよく分かるのであった。そして何より、


 ――あの娘が、チアノーゼか。びっくりするくらい、シアンと雰囲気が良く似ているな。


 シアン。先代魔王3きょうだい「CMY」の二番手。

 その美青年を、そのまま女にしたかのような人物が、あのチアノーゼだ。

 まるでこの世界が最初から、彼女の手にシアンのチャームが行き渡るのを、約束していたかのような… そんな「冷たさ」を感じるのである。



「こんな暗い中、自ら城へ訪れようとは。これが魔族にとっていかに有利なこと、そこまでして会いにきた正当な理由があるはず。あなたの要求はなに?」


 と、チアノーゼからは挨拶もなしに、突然の交渉を持ち出されたものだ。

 アガーレールの礼儀作法が、フェデュート側に通じるとは限らない、という意思表示だろうか。それでも、アゲハは冷静沈着に振る舞った。


「今の自分達が有利でも、外部への勢力は確実に衰退している。城全体を包んでいたガスが晴れ、国内で発生している失踪事件件数が激減したことが、その何よりの証拠だ。これ以上、こちらとしては犠牲を増やしたくないものでね。その警告にきたものだと思えばいい」


「ふん、そう。そこにいるあなたの下僕たちが、製薬の専門だった我が手下2体の首を刎ねた事は、とうに周知している。犠牲を増やしているのはお互い様でしょう?」


「襲撃を経験した身として言わせれば、戦いに身を投じるという事は、少なからず犠牲が伴うものだ。だがフェデュートの場合、戦う意思のない我が民まで無差別に攻撃してきた。そちらに事情があるとはいえ、いきなりそんな理不尽な行為をされては、こちらとしても然るべき布石を打っていくのは至極当然の事だろう?」


「ごもっとも。その割には、今日まで随分と時間がかかったのね。

 でも、いささか感心はできない。あなたに武力で抗う意思がなく、今すぐこの戦争に終止符を打ちたいというのなら、私ではなく総統に直談判をするはず。フェデュートの軍事力を完全に把握しきれていない上、『今は彼らを刺激してはならない』と仲間内で口裏を合わせ、敵が静かなうちに、総統と対談できるまでのプロセスを組むのが安全策であり定石。


 その過程に至る前に、あの富沢商会を潰し、城のガスを取り払ってからここへきたという事は… あなたの真の目的は、私がもつこのクリスタルを『奪還』するのが狙いでは?」


 まずい。完全に読まれている。

 あの富沢商会のチンピラとは比べ物にならないくらい、勘が鋭い女だ。彼女は一体、どこまで僕達の勢力を周知しているのだろう?


 なんて僕が冷や汗気味に凝視している前方、ここでアゲハが視線を変えぬまま、後ろ手で組んでいるその左手で、丸を作る動作と、人差し指で下を指す動作を交互に見せた。

 ここへ来る前に、打ち合わせで教えられた「この下を見ろ」というサインだ。そして、



「そうだ」



 なんて、まさかの「正直に答える」という展開に発展したのである。


 僕は耳を疑った。

 そんな単純明快に相手を怒らせるような返答をするとは、女王様、それでいいのか!?


(つづく)

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