ep.21 葛藤とは、「油断」そのものの出陣である。

 澄んだ空と、太陽の光に反射して照らされる、暗黒城。


 以前まで全体を覆っていた毒ガスが消えた今、城周辺は嘘のように見晴らしがよい。

 湿地帯をはじめ、近くに岩山、そしてマグマで赤く染まった火山地帯が肉眼でもよく見える。


「あの女王が、もうじきここへ訪れるとの連絡が入った――。交渉を目的としているだろうから、すぐには護衛達も襲ってこないと思うけど、用心するに越した事はないか」


 陽の光が一切入らない、城内の一室で、チアノーゼが赤い飲み物の入ったグラスをゆっくり口にする。

 その飲み物の正体は… 恐らく聞かない方が身のためだろう。こうして、チアノーゼは自身の首にかけているクリスタルを手に持ち、こう囁いた。



「いつかあの手下2人が、やられる事は予想できていた。だから、ガスが晴れた程度では私は驚かない―― 念には念・・・・を入れておいて、正解だった。


 国の連中には、あのまま勘違いさせてあげた方が『幸せ』なのかもね。そうでしょう? 青きシアンブルーの妖精さん」




 ――――――――――




「というわけで、一通りギルドの出来上がりー! こんな感じだけど、どうかな?」


 あれからすぐに目覚め、異世界アガーレールに戻ってからというもの。

 僕は、自分の仕事であるギルド作りにおいて大体の基盤が出来上がったので、それをアゲハに報告しにきていた。

 これから敵陣へ向かうのもそうだけど、軍事費用その他もろもろの調達を含め、こういった作業効率化は重要である。アゲハ一人にしわ寄せがいかない為にも。


「うん。良いんじゃないかな。ギルドごとに割り振られているメンバーが、前に住んでいた世界の在籍校と一緒なのが、少し気になるけど」


 サーガライフの事ね。プライムという夢の世界で、かつて僕達に与えられていた試練。

 その世界へ招待された僕達は皆、それぞれ固有の魔法や特殊能力を持ちながらも、充実した高校生活を送り、人間社会にしっかり馴染むことを任務に課せられていた―― なんて昔の話をするのも何だが、そこでは皆、決まった高校に通っていたのだ。


「ホラ。自分達の高校って、校風みんな違うじゃないか。それだってジョナサン曰く『俺達招待客の出身や得意分野から、どこの学校が適正かギルド的選別がされていた』っていうし。だから、ここアガーレールでも、高校で得た知識と経験を活かせる選別がいいと思って」

「なるほどね。それで私とアキラは冒険者ギルド、ってわけか。ヘルとヒナも」


 そういって、アゲハが「ふむふむ」と冊子を見入る様に相槌を打つ。

 ちなみに出来上がったギルドは、僕がギルマスとして所属する冒険者の他に、鍛冶傭兵、祭礼、ダイバーシティ、法政、商業、そして文化芸術の計7拠点だ。


「これで、例えばこれから向かう暗黒城への出陣では冒険者と鍛冶傭兵が軍資金を出し合い、その間この街におけるライフラインの維持は、法政と商業が担当。地下博物館にある価値ある物の保全は、祭礼と文化芸術… てな感じで分けられれば良いなぁと思うんだ」

「素晴らしい。私からは、この事をマニーに報告しておくよ。あ、でも彼は城には行かないかな」

「そうなの?」

「私が不在になるから、この王宮を別の誰かが留まらないとね。今回はヒナも王宮に留まる事になってる」

「そうか」


 とはいえ、今回出陣するメンバーはそれなりに強力だ。

 チアノーゼと直接対面するアゲハ、そのアゲハを護衛する僕、さらに後方支援としてジョン・カムリやリリルカ、城の透視担当ノア、そしてポーション使いの若葉というラインナップだ。これだけいれば、万が一戦闘になっても何とかいけるだろう。


 さて、出陣の前に少し時間があるから、先にあの一軒家へ挨拶しに行こうかな。




 ――――――――――




「ねぇ~! 大剣返して~!!」

「ダーメ! ただでさえふらついて危ないんだから没収だ!」


 おっとっと、早速今回のギルド設立と暗黒城出陣の件をサリイシュに伝えようと思っていたら、これだ。

 サリバが、珍しく駄々をこねて大剣を取り戻そうとしているが、その大剣を手に持っているのはマニュエル。まさかここで彼に会うとは奇遇だが、一体何があったのだろう?


「やっほー。どうしたの?」

「2人が何処かから手に入れたこんなデカい剣を持って、素振りの練習をしているなんて目撃情報があったんだ。危ないから即、取り上げたんだよ」

「だってぇ~!!」


 なんて、今のサリバはまるでイヤイヤ期の子供のよう。

 これには隣にいるイシュタも無言ながら、なんだか申し訳なさそうな表情で俯いている。僕は泣きそうになっているサリバに質問した。

「どうして、素振りの練習なんかを?」

「だって、みんながあれだけ戦っているのだから、私達も戦えるようにならなきゃって…」

「ならなくていい! 戦いに身を投じる事が、どれだけ危険か分かっていないだろう!? 人のを見て、自分も戦えるようになろうだなんて、そんな甘い世界じゃないぞ」


 と、もう貴方この子たちのオトンか? ってくらいマニーが叱る叱る。

 ただまぁ、彼が怒る気持ちは分からなくもないかな。マニーは幼少期にボーイスカウトを通し、ガチの戦場を何度も見てきている人だから、無理もないのだろう。


 なんて中々見られないお説教シーンなものだから、僕は傍観者として苦笑いを浮かべていいのか、分からなかった。

 というか、ちょっと気まずい。


「危険だってのは分かってる…! けど、ずっと守られるなんて嫌で、どうしても誰かの役に立ちたいの。どうして、戦っちゃダメなんていうの?」


「戦いなんて、本当はするべきじゃない。そんな世の中であってはダメなんだ。だからこそ、俺たちはその戦いを終わらせるために戦っているんだよ」


「え。戦い、戦う… って、え?」


「矛盾を感じたか? 今の矛盾に気づいた時、人は『なぜ戦っているのか』という葛藤にさいなまれる。その葛藤が、一瞬の隙を生み出す。敵はその一瞬の隙を突き、攻撃してくる。相手が誰であろうと、お互い死ぬ気で挑まなきゃ、あっという間にやられる世界なんだよ」


「そんな… だったら、なおのこと戦える人がどんどん前に出て、なるべく早くこの問題を終わらせた方が、犠牲も少ないぶん国のみんなが安心するんじゃ…!」


 なんて、サリバとしては何としても僕達の戦力になりたいのだろう。

 僕としてはおまじないだけでも十分な戦力になると思うのだが、きっと彼女たちは先の襲撃で両親を失っているから、敵討ちを含め、身体的にもっともっと強くなりたいと努力してきたのだ。


 自分は、決して生半可な覚悟で戦うなんて事はしない。

 そんな気概を感じさせる場面である。しかし、


「なぁ。コロニーの人達を見ていないのか?」

「え…?」

「そうやって、人から何かしらの見返りを求めている時点で、サリバは戦いに向いていないんだよ。その自覚がない限り、武器の所持は禁止だ。もちろん、イシュタも」


 マニーの意思は、サリバの説得程度で揺らぐことはなかった。

 結局、その大剣の返却は認められず、マニーの手でそのまま押収される運びに。サリイシュがしょんぼりしている手前、マニーは踵を返したのであった。



「そんなぁ」

「隠し持っていた短刀まで、持っていかれちゃった… あ。セリナ」


 と、イシュタがここで漸く僕の存在に気づく。

 僕はこの瞬間、「あれ? 自分、なぜここに来たんだっけ?」とばかり、自身の米神をかいたのであった。


 とにかく、この後はいよいよ暗黒城への出陣だ。気を引き締めないと!




【クリスタルの魂を全解放まで、残り 14 個】

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