ep.20 神々の喧嘩はファントムの仕業?
「礼治さん! もうすぐカナルが来ると思うので、そうしたら交代をお願いし…」
僕がいるのは上界。その中の、原始地球をモチーフとした灼熱地獄。
先に言いかけ、僕はその先の光景を見て、つい口を閉ざした。
もっとも、場所が遠かったからか、今の声かけに本人達は気づいていないけど。
そこにはあの時、僕が対峙したあの小さな悪魔2体が傷だらけの状態で、礼治の片手剣を向けられていた。死んで地獄行きになった悪魔たちを、魔王の彼が尋問しているのだ。
「もう一度いう。そのマーモが何者なのか、正直に答えろ」
マーモ――。
アゲハが統治するアガーレール王国を突如襲撃し、国を壊滅寸前にまで追い込んだフェブシティ管轄の敵対組織、「フェデュート」の総統の名前。
少し前にフェブシティへ潜入していたマニー曰く、そいつが率いる組織については簡易的なものなら調査できたものの、肝心の総統の実体については、分からずじまいだった。
だけど今、礼治の目の前には、その組織の幹部であるチアノーゼに仕えていた悪魔が2体もいる。総統に近かった立場から、できるだけ情報を聞き出そうという魂胆だろう。
僕はそんな礼治の尋問を邪魔してはならないと、遠くで彼らの様子を見守ったのであった。
「で、ですので先程も申した通り、仮面を被った『ファントム』であるという事しか、我々は把握しておりません! それ以外には、会う権限さえもありませんもので!」
「はい! 我々はただ、チアノーゼ様に仕えていた悪魔の端くれでしかなく…!」
と、怯えながら答える悪魔2体。
あの時の気迫は何だったのかというほど、今の彼らはとても弱々しい。それでも容赦ないのが、魔王というものだ。
「やつの本名は? 出身は?」
と、礼治が質問する。
死んで、記憶を持ったまま転生する機会もなければ、どうせ消滅する運命であろう悪魔たちに、慈悲などない。しかし、
「それは、我々には教えられていない情報です! チアノーゼ様ほどの権限をお持ちでないと、お互いのためにも素性を明かしてはならないというルールがございまして! どうか、どうかご慈悲をー!」
その瞬間、悪魔の1体の首が飛んだ。
礼治が無言で、首を刎ねたのである。
まるであの時と同じ、黒い血しぶきを上げたまま、その体は巻いた煙の如く消えていった。
「つまり―― かのチアノーゼにも『本名』があり、それを双方の弱みとし、組織の上層部は情報を共有しているのだと、あいつは暴露したようなものだ。
なら、同行していたお前も知らない事はないだろう? 同じ目に遭いたくないなら、言え」
「ひぃぃ~!!」
残り1体の悪魔は、礼治のそんな冷たい視線と向けられた刃先に、怯んで後ずさりする。
これでまだシラを切るというのなら、お前も道連れ、という事なのだろう。しかし、
「ファントムなら、複数体で1つの概念になりすますことも可能だ。なのに、なぜフルネームがあるという『単体』の前提で話している? そいつが単体だという根拠は?」
後ろから、別の声がした。
礼治は振り向かず、刃先を悪魔へと向けたまま。僕は振り向いた。
そこにいたのは、まさかのイングリッドだ。
天の神様がこんな地獄にいるなんて、と僕は驚いたけど、そうか。
あくまで自分達の仕事が
イングリッドの質問は、なおも冷静に続いた。
「で。そこの悪魔さんも、その『単体』だという前提で投げかけられた質問には否定しなかった。組織幹部の侍従につけるほど優秀な悪魔さんなら、その魔王の質問の意図を組み取りもせず、ただ適当に答えるなんて事はしないだろう。いい加減、白状したらどうだ?」
「っ…!」
すると、悪魔も先程から痛い所を突かれたからか、途端に苦い顔をする。
礼治は振り向きこそしないものの、背後からの余計な邪魔が入ったとばかり、内心苛ついている様子であった。目が、そう語っている。
悪魔は、俯いたまま遂に白状した。
「ド… ドラデム様です。『ドラデム・シュラーク』、でございます! それが、マーモ様の本名だと、お聞きしました」
でた。僕も初めて耳にする、フェデュートのトップの“本名”。
ドラデム、っていうんだなそいつ。じゃあ、なぜ「マーモ」なんて名前を? と思ったけど、先程の話の内容からして結局はコードネームなのだろう。
恐らく、フェデュートはどこの出身の誰なのか、表に実体がバレないよう活動している奴らの集まりである。それも保護下のお墨付き。
それだけ奴らが、裏で汚れ仕事を請け負っているという証拠かもしれないが、だとしたらフェブシティも結局は僕達の敵だな。なんて卑怯な奴らなんだ、許せん!
すると、悪魔は土下座をしながらこう叫んだ。
「そ、その事は誰にも教えない様にと言われていたので…! な、なのでどうかこの事は内密に――」
その瞬間、その残りの悪魔も、礼治の魔法攻撃によって破裂。煙を上げて消滅した。
敵から情報を聞きだせたのなら、あとは用済み、という事である。
それからの地獄は、不気味なほど静かであった。
噴火の音も、小さく感じるほどに。
「そのまま、ヤツが『何も知らない』と答えたら、消すつもりだったんだろう? 礼治」
イングリッドの言う通り、僕もそれは同じ事を思った。
曲がりなりにも貴重な情報源を、ニワトリを、卵を産む前に絞め殺すなんて勿体ない事にならずに済んだのだ。だけど、礼治は背を向けたまま。
「勝手に決めつけるな」
が、彼の答えである。
イングリッドはそんな返事にムッとする様子もなく、なおもこう続けた。
「普段のお前なら、あの様な場面で、もう少し冷静に対処できたはずだ。今のお前は、酷く焦りに満ちている。何がそんなに不満なんだ?」
数秒ほどして、礼治から出た答えは、
「…誰のせいだか」
だった。彼はイングリッドと極力話したくないのだろう、玉座へ向かって去っていったのである。
「…」
イングリッドも、少し残念そうな目で溜め息を吐き、その場から踵を返した。
僕は、それまで何か言う事も、仲裁に入る事すらも出来なかった。
だって、どっちの言い分が正しいかなんて現時点では分からないし、多分どっちも正しい。
だからこそ、本当は自分から寄り添おうとしているイングリッドも、それを
本当は、こんなこと2人とも嫌なのでは? と勘繰ってしまう。
いや、そうであってほしい。
時間はかかるかもしれないけど、とにかく今は僕達が頑張ってクリスタルを集め、仲間全員の解放を機に、両者が仲直りしてくれる事を信じるしかなかった。
結局、カナルがこの地獄へ転移してきたのは、その直後のこと。
すれ違いで何も知らないカナルに、僕は先の見た件を伝え、玉座へ案内したのであった。
(つづく)
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