ep.18 人々が幸せになれる「薬」の試食会
あれから、何時間が経過した事だろう?
僕達の元きた世界の基準で、およそ10時間くらいだろうか? となると、アガーレール時間で一ヶ月は経過している事になるけど、現実とは体感が違うから、何とも言えない。
ただ、それでここまで大きな変化が見られるのはある意味、とても仕事が早い方ではないだろうか?
「すごい! もうあんなに大きな蜂の巣が出来てる!」
「パンに塗ったらおいしいのかな? マヌカハニーって」
なんてサリバが目を大きくし、イシュタに至ってはよだれが出そうな顔をしながら眺めている先、先日カナルが魔法で生えさせたマヌカの木の一角には、もう大量の蜂がうじゃうじゃ寄り集まっているのだ。
そのうじゃうじゃした集まりからは、巨大な巣が見え隠れしている。今にも蜜が滴り落ちそうだ。
「な? この世界は時の流れが早いさかい、蜂もすぐ来よったわ。せやったら、次は蜂を気絶させる方法やな。セリナ、薪持ってきたか?」
カナルが自慢げに振り向いた先、僕は両手にこれでもかと大量の薪を抱えている。
僕はこの後にすべき事をカナルから教示してもらっているため、特別に花畑の中へと立ち入らせてもらい、巣の真下にあたる場所にしゃがむ形で、薪を置いていった。
「大丈夫、だよな…? これ、本当に襲ってこない!? こ、怖いなぁ」
なんて呟きながらも、僕は急いで薪を焚火の形状にして敷き詰め、最後に黒焔魔法で火をつけ、すぐにその場から走り去った。
蜂たちは、それまで全くこちらを襲ってこない。
蜂の巣に大量の煙をくぐらせ、蜂たちを気絶させるというかなり古典的な方法だ。
こうして、僕達は煙を被っていく巣の様子を、遠くから観察した。
するとカナルの教示通り、巣ごと煙を被った蜂たちが次々と気絶し、やがて巣から1匹も成虫がいなくなったのだ。
「はっ!」
「にんにん!」
そしたら、次はそのマヌカの木から巣を切り取る作業。
ここは、ともに百合の魔法で遠隔攻撃ができるリリーとルカが担当した。
蜂たちが今、気絶しているといってもこれで全員とは限らないし、のちに目が覚めた集団で復讐してこないためにも、巣を盗んだ犯人を匂い等で特定されたくない。
だから、距離のある場所から黒百合ガラスで巣を切り落とし、その巣をカサブランカの発現でコロコロ転がす様に運んでいくのである。結果はあっさり成功。
「まさかこの異世界で、俺が初めてメスを入れる対象が蜂の巣とはな」
「ハチの子さんたちは、小人達が料理で使うんですって。だからそれは貰っていくね」
こうして無事に少し離れた建物内へと巣を持ち運んだら、次はいよいよヘルによる執刀と、ヒナの手で蜂の子を取り除いてもらう作業だ。
巣を切ってみると、予想通りハニカムからは大量の幼虫がコンニチハしているという、虫嫌いからすればかなりグロテスクな光景が映し出された。その苦行に耐え、幼虫を全て取り出せば、甘い蜜たっぷりの断面がお出迎えである。ここまでくれば…
「じゃじゃーん! マヌカハニー、たくさん採れたよー♪」
最後はハニカムを絞り、壺に蜜を貯める作業を終えたマリアが、壺を抱え完成の喜びをあげる。中には、芳香な香りのマヌカハニーが満ち満ちに入っていた。
壺は1つだけでなく、幾つも採取できた。
その内の1壺を若葉が受け取り、残りはみんなで美味しく頂こう! といったところで、誰も蜂に襲われる事なく採取に成功したのである。
「おいしい~! お茶に入れても合うんだね~」
「すごい。濃厚だ」
というわけで早速、四阿で余ったマヌカハニーを御馳走するサリイシュ。
パンにつけたり、紅茶に入れたり。その美味しさは、正にほっぺたが落ちるほど。
確かに同じ蜂蜜でも、中々お目にかかれない濃い色とスモーキーさ、そして味と香りが一気に広がるのだ。マヌカハニーって、確か結構高級なやつだっけ?
「うん。私が知るマヌカハニーの味だ。さすが『万病の薬』と称されているだけある」
と、あの時高熱を出していたマイキさんも絶賛の食レポ。
体調が治ったのだろう、ケモ耳の血色も大分良くなったようで、見ていてホッと一安心。
「…」
その頃、当の指示役として動いてきたカナルはというと、空を眺めながら何か考え事をしているようだが… どうしたのだろう? あとで訊いてみようかな。
ちなみに、蜂たちはあれからみな目を覚まし、いつの間にか巣が無くなっている木々の回りを、少し混乱気味に飛び回っていた。
――――――――――
コンコンコン。
場所はコロニーのとある住宅、玄関前。
前回同様、魔女の恰好で、キャミが変身している馬に跨り訪問してきた若葉が、蜜入りの壺をもってドアを数回ノックした。
ギーッ
「ん? なんだ、あの時の魔女さんか」
玄関をゆっくり開け、顔を出してきたのは、あの大柄なオークのミハイル。
牙とツノがあるからか、相変らず怖い風貌の男を前に、若葉が壺を差し出した。
「ここが自宅だって聞いたから、寄ってきたんだよ。ハイ、これ」
ミハイルは、最初は何かの見間違いかと思い、自身の瞼をこする。
だけど、やはり目の前にいるのは若葉と、その若葉が手に持っている壺だ。彼は驚愕した。
「まさか、本当に…!?」
ミハイルは壺をサッと手に取り、今にも過呼吸になると言わんばかり壺の蓋を開けた。
中には、かなり濃厚な色の蜂蜜が入っている。ミハイルはそこに指を少しつけ、軽く一口舐めてから、こういった。
「…間違いない。本物だ。お前、何処でどうやってこれを!?」
若葉は密かに安堵した。カナルの魔法で生み出されたマヌカの木で採取されたものだから、そこを見抜いて「偽物」だなんて言われたら一体、どうしようかと。
だが、そんな心配も杞憂に終わった。若葉は肩を落とし、こういう。
「本物だと分かったのなら、別に何処だろうが良くない? それより先日の約束」
「うっ… あぁ、そうだったな。分かった。約束通り、このクリスタルはお前にやろう。このまま手渡しになるけどいいか?」
といい、ミハイルが首にかけているネックレスをほどき、そこからチャームを若葉へと手渡す。若葉は話が分かればヨシ! とばかり納得の表情を浮かべた。
これにて任務成功。チャームを無事にゲットしたので、あとはこのまま帰るだけ――
「ゲホッ! ゲホッ、ゲホッ… お、お父さん。どちらさま?」
部屋の奥から、少し枯れ気味の幼い声がした。
すると、とある一室から女の子オークが顔をだし、ミハイルの様子を見に来たのだ。外見からして、若葉と同じくらいの年頃の少女だろうか?
とたんにミハイルが焦り気味になった。
「ニキータ! ダメだ、部屋にいなさい。無理に動いたら体に毒だぞ」
「大丈夫… ゲホッ、ゲホッ。その壺は?」
ニキータと呼ばれた少女オークが、弱々しい目でふと、壺と、玄関先にいる若葉を見る。
会話の内容からして、ミハイルの娘だろう。若葉は大分気まずそうだ。
「お、お邪魔しちゃったみたいだからアタシ帰るわ! そんじゃ、チャームどうもねー」
そういって、そそくさと馬を連れてその場を後にする若葉。
その様子を見つめていたニキータの元に、ミハイルが気を取り直し、娘をベッドへ連れていきながらこう告げた。
「それよりだ、ニキータ。やっと、お前の病気が治せる時がきたぞ」
「え…? ゲホッ、ゲホッ! そ、そうなの!?」
「あぁ。お医者さんが言っていた、お前の病気を唯一治せるという薬が、やっと手に入ったんだよ。この通り、『マヌカハニー』をな」
【クリスタルの魂を全解放まで、残り 15 個】
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