ep.11 目には目を、歯には歯を、メシにはメシを!

 暗黒城前の突入は、朝一番に決行された。


 ここアガーレールは、1日が現実基準換算で20分と非常に短く、少し暇を持て余しているだけですぐに昼夜逆転してしまう。だから、魔族が活発になる夜になる前に、僕達にとって不利なものをさっさと片づけようという寸法である。

 朝になれば魔族は引っ込むので、その隙に倒そうという何とも卑怯な手口かもしれないが、相手はかつて予告なしに街を襲撃した組織の一員だ。雑魚敵なら情けは無用。


「――というのが、マニュエルの方針らしい。備品とともにそう手紙に記されていた」

「ほう? その様子だとアイツ、最終的に国の軍隊率いて司令官になるつもりかねぇ?」


 なんてジョンが冗談交じりに肩をすくめ、キャミとともに沼地を颯爽と駆けていく。


 そして、その後を追う僕と礼治。

 僕達は万一の加勢、および後方支援として、目立たないよう木々の間を潜っていった。


「うわぁ、どんどんピンク色の雲が大きく見えてきたよ。でっか」

「あれが毒ガスか。城を隠す為だろうが、敢えて分かる様に色付けしてくれて有難いな」


 と、礼治がいう。

 確かに前方に見える巨大な毒ガスが、もしも透明の無味無臭だったら、もう絶望的である。

 ジョンの未来予知でたとえガスの流れが読めても、それだって限界があるのだ。


「ここだな」


 辿り着いた先は、1本の細長い石橋。

 その両端には小さな悪魔が2匹、食料の詰まった木箱にもたれていて、橋の向こう側は巨大なガスの雲で視界が遮られていた。

「今から矢を放つから、これで相手の出方を見る。攻撃パターンはメシで示すぞ」

「ん」

 ジョンの指示に、キャミが静かに頷く。

 2人は同時に、石橋の脇へと身を隠すように駆け抜けていった。そして、


 ぎゅうぅぅぅ… プシューン!


 死角となっている草むらから、1本の矢が上空へと放たれた。

 すぐさま、矢を放ったジョンの右目が青く光る。未来を覗いている証だ。


「――読めた! 奴らが砂糖を食って準備、こっちは10秒後に卵とカレイがくるぞ!」

「了解!」



 えーと何が何だかよく分からないけど、とりあえず反撃が来るって事だけは分かった!

 僕と礼治はともに陰で見守り、黒焔の片手剣を静かに構える。


 すると次の瞬間、上から降ってきた矢が、悪魔達のそばへと突き刺さったのだ。


 バーン! バリバリバリー!!

「ごわわわばばばばばば!」

「のわぁぁぁー! 敵じゃー! 敵の襲撃じゃー!」


 寛いでいた悪魔達は、落ちた矢から放出されたオーロラの爆発を受け、全身に痺れが走る。

 だが、その程度で死ぬようなもろい概念ではない。彼らはすぐに体勢を持ち直し、各自反撃へと飛び立ったのだ。

 ジョンとキャミが草むらに身を隠し、攻撃を仕掛けてきた事に気づいたのである。


「くらえー!」

 すぐに悪魔のうちの1体が、こちら目がけて何か丸いものを投げつけてきた。

 ジョン達はそれを避けるのか。と思いきや、ここでキャミが近くに転がっていた大きめの枝を手に取り、それを投げ込まれた「何か」へと空中でぶつけたのだ。


 パーン!

「なに!?」

 悪魔が投げた「何か」は、その弾け方だと風船か。

 風船は木の枝によって割られ、その中に含まれていたポーションの効果により、木の枝が突然プカプカと浮き上がっていったのである。


「あ! なるほど『卵』が原料の跳躍と、『カレイ』が原料の軽量化ポーションだったのか。あの風船の中身」

「シッ! 先手を取られちまうだろ…! 俺らが効果知ってる口をここでバラすな…!」

 と、ジョンがとっさに僕へと叱責する。

 おっと、だからポーションの効果を「食材」に例えて指示してたんだな。これは失礼。


「ルシフェル! ベル!」


 そうこうしている間に、キャミがライオンと熊の召喚獣を生み出していた。

 まるでどこかの世界的有名なゲットだぜゲームの如く、投げ込まれたドロップから光とともに召喚されたライオンのルシフェルと熊のベルが咆哮を上げ、悪魔達の元へと走る。


 ビュン! ビュンビュン!


 悪魔達も負けじと、召喚獣相手に飛び回りながら次の食材を手に取っていく。

 いつの間にか覚醒z… 砂糖でも食ったのだろう、動きはかなり俊敏だ。そして、ジョンが再び瞳を青く光らせながら、こういった。

「読みが当たったぜ。あいつら、ネギ持ってないからスタックが出来ないんだな?」

「ネギ… そうか! 悪魔の弱点はにんにく」

「そう。だからああやって、一つずつ薬を作るしかないってことだ」


 思い出した。ネギを原料に加え、精製したポーションは凝縮、カプセル化される。

 小型のカプセルにすればモノがかさばらないから、ピルケース等にいれて手軽にスタックできるんだけど、悪魔達はそれをしていない。というかできないのだ。

 そして何より、彼らが通せんぼをしているのは暗黒城前。暗黒城を囲うように覆われたガスの正体がポーションだとしたら、逆に危険なのが…


「くっ、エビとブルーベリーを手に取りやがったな。あれで作られたものをこっちへ投げつけられたら、厄介だぞ」

 エビ―― 前にヒナが言っていた、今この世界の海から激減しつつある甲殻類。

 エビを原料に、毒のポーションは精製される。そこへ更にブルーベリーの「拡散」とは。

 しかし、ここまで精製されているポーションが、僕達の仲間のそれとパターンが一致しているのだから、これはもう「確定」でいいだろう。しかしそうなるとクリスタルはどこ?


「これ、いけるの?」

「あぁ、いけるさ。悪魔どもが前後に重なったタイミングを見計らって…!」


 プシューン!


 すると草むらから、目を光らせているジョンが極限まで引いた矢を、再び放った。

 オーロラを纏う矢は一直線に、悪魔達のところへと突き進む。そして、


 グサッ! グサッ!

「「ぎゃるるるるるるる…!!」」


 1本の矢が、ジョンから見て丁度前後に重なった悪魔2体の体を貫いた。

 矢は電磁波によって悪魔達の全身を震わせ、動きを鈍らせる。キャミが再び手をかざした。

「ルシフェル! ベル! 今だ、かみつけ!!」

 キャミの命令により、召喚獣2体が悪魔達へと突進。全身の痺れで上手く動けない隙に、四肢への噛みつき攻撃を行った。

 悪魔達は揃って悲鳴にならない悲鳴を上げ、どんどん体が弱っていく。ジョンがようやく草むらから立ち上がった。


「よし、ヤツらを森へ連れていこう。キャミ、あの橋に置いてある箱2つも持っていくぞ」

「ん」

「セリナ! 力の源が分かった。悪魔どもが抵抗しだしたら首を刎ねろ。体は狙うなよ?」

「え!? なに、急に怖い事をいいだして… よく分からないけど、分かったよ」

 なんて、一体「どっちやねん!」とツッコまれそうな二つ返事をした僕だが、これにて悪魔2体の討伐は完了。


 しかし、前衛2人のサポートが強力すぎたのか、実に呆気ない戦闘シーンだった。

 ポーション攻撃にしても滅茶苦茶効率が悪いし、僕と礼治なんてまるで空気である。




 ともあれ、この後僕達はすぐに弱った悪魔達を召喚獣にくわえさせたまま、暗黒城前を走り去っていった。

 あの城の主とエンカウントしては、一体どのような反撃が来るか分からないので、まずは穏便に仲間の解放を進めたい。というのが、アガーレールの方針である。

 暗黒城前を漂うピンクの毒ガスも、どことなく透けはじめてきた様な?


 しかし、本当にクリスタルチャームはどこなんだろう?

 もしかして、ジョンとキャミがついでに持ち運んでいるその「木箱」の中かもしれない。


(つづく)

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