ep.10 見つけよう。マルチバースの奇跡を。

「あー退屈やわぁ。いつまでも反省せん悪党らを、ウチの植物で縛っては? 火ぃ元運んで焚火の燃料にしての繰り返しや。単純作業やさかい、ぜんっぜん張り合いがないわ」


 そういって、暗い狭間のソファで寛いでいるのは「カナル」ことカナリアイエロー。


 アガーレール王国の敵、フェデュート幹部の1人であった富沢伊右衛郎いえろうにクリスタルチャームを悪用されていた持ち主であり、先代魔王3きょうだい「CMY」の末っ子。

 長い金髪で、その気分屋な性格からザ・悪役令嬢のオーラを漂わせている彼女は、僕達メンバーの中でも強力な豆の木植物を操る事で有名だ。それでも、現職の力にはかなわないが。


「毎回、同じパターンでしか拷問していないから、かえって『それさえ我慢すれば』と意気地になっている囚人が出てきているんじゃないのか?」


「は? 魔王の仕事も知らんやつが勝手な事ほざくな。そない言うあんたらも、今もまだウチらの元きた世界が見つけられてへんのちゃうんかい」


「まぁまぁ。でも、確かにカナルが魔王の代理をやり始めてから、懺悔して天国へ運ばれてきている死者の数は、減少しているの。どうしてかしらね?」


「なっ…! ほな、ニンゲンみな昔より長生きしとるし、医療も発展してきとるいうやろ? 単純に、こっち召されるものが少なくなってきとるだけちゃうか?」


 そういって、不機嫌そうにカナルが弁明しているその相手は、イングリッドとミネルヴァ。2人合わせて「ひまわり組」と呼ばれている。

 彼らはそれぞれ、上界の狭間と天国から下界を俯瞰ふかんしているのだが、自分達の代理がくるその時まで、上界の仕事を離れるわけにはいかないのである。


「で? いつまでつれない顔しとんねん、セリナ。まだ夕べのこと引きずっとるんか」

「っ…」


 寝ている間の「夢」として、今、この上界に来ている僕は言葉を詰まらせている。


 夕べとは、アゲハが僕の胸中で泣いた“あの日”だ。

 あれから何とかアゲハを落ち着かせ、王宮に帰らせたあと、夜はみな眠りについたんだけど、何度その件を口にしても辛いものは辛いのである。



「最初はリリーの前世を読み取る力から始まり、次はジョナサンの宿主入りで、元きた世界が消滅したのではないかという『疑惑』が『確信』へと変わった。そういう話でしょ?」


 空間内に浮遊するモニターをタッチし、画面を移動させながら述べるミネルヴァ。

 今日もまた、先代の神々がのこした膨大な量のマルチバース一覧から、心当たりのある世界線がないか探しているのだろう。僕は重たい表情で「うん」と頷いた。


「俺とミネルヴァはマニュエルと同じ、希望を捨てたつもりはない。今は見つからなくても、何かしらの条件を満たせば、必ずや答えは見つかると信じているんだ。今までもそうやって、仲間達の居場所を探し続けてきた結果、漸くアガーレールを発見したのだから」


 そう、イングリッドが慰めの言葉を返し、ミネルヴァとともにモニターへと目を向ける。



 その言葉には、一種の説得力があった。

 そうなんだよ。彼らだって、僕がこうして上下界を行き来し、アゲハ達と出会うまでの長い年月、ずっと絶望的状況の中で「希望」を探し続けてきたんだ。


 そんな、「神」として生きる彼らを、信じなきゃ。

 今の僕が、この上界でできる事は、それだけである。




「ふぁ~。ほな、ウチ地獄へ戻るわ。セリナも見に行くか? 今の地獄。礼治がいつ帰ってきても困らんよう、ちゃーんと部屋を綺麗にしとるで」

「て、まるで子供部屋みたいに言ってるな… う~ん。じゃあ、ちょっとだけ」


 僕が後頭部を掻いてそういうと、カナルは僅かにムッとした様だが、すぐに立ちあがっては前方を見すえた。


 するとすぐに、この暗くて壁も天井もないような空間に、ポッカリと大きな「異空間へのトンネル」が生み出されたのだ。

 そこから、先の地獄へと移動する事ができる。僕はカナルと共にトンネルを潜った。




 ――――――――――




 トンネルを潜り、辿り着いた先。

 原始地球をモチーフとした地獄は、今日も荒れに荒れていた。


 真っ黒な空に、常に地響きの絶えないマグマ噴火、そして遠くで無数の隕石落下。

 現実でやられたら無事どころか、脆い人間の体なんてすぐに燃えて灰になるであろうその世界で、僕とカナルは小さな岩の足場をひょいひょい渡り歩いた。


 仮に足を踏み外し、マグマ溜まりに落ちてしまっても、痛みもなければすぐに復元される。

 この世界では、何かしらの神の資格をもつ僕達に「死」の概念は存在しない。


 カツッ


 カナルはふと、急に足を止めたのであった。僕も直前で立ち止まった。



「なぁ、セリナ。妙や思わんか? あの2人の言うとること」



 地獄へ来て、とつぜんの真面目な質問だ。

 先程までの「気だるそうな女」の姿はいずこへ。僕は「え?」と、曖昧な返事をする。


「さっき、『元きた世界が見つかるまで希望は捨てへん』みたいな事いうとったやろ?」

「うん」

「セリナが3年ぶりに目ぇ覚めて、最初にあの2人が何を言うたか。あんた前にウチに教えてくれたやんけ。『神の跡取りゲームの舞台は、消えてなくなった可能性がある』と」

「はっ…!」


 そうだった。確かにあのひまわり組は、プロローグで間違いなくそういっていた。

 だけど、元きた世界が何処にあるかも分からない中で、やっとあのクリスタルチャームの波長らしきものを捉える事が出来て、それがあのアガーレールの世界線だったんだよな。

 今も、転移前の出来事はちゃんと覚えている。


 僕はコクリと頷いた。


「せやろ? そういう、最初はほぼ『断定』と見なしとるような発言しとったくせに、急に今になって『希望は捨てへん』やで? あいつら、言うとることが矛盾しとるがな」


「…」


「それか、元きた世界はまだ消えてへんねんけど、ウチらが招待客として集結した神の跡取りゲームの舞台、あの夢の世界『サーガライフ』だけ、ホンマに消えたかもしれへん。それを分かっとるから、あんな発言が出来るんやろうな。あいつら何か重大なこと隠しとるわ」


「そんな… ならもし、あの2人がカナルの言う通り何か隠しているとして、そんな事をして俺たちに何のメリットがあるんだよ?」


「さぁ。そういえばあの礼治のやつ、ひまわり組と仲悪ぅなっとるっちゅう話やったのぅ。もしかしたら、原因はそこかもしれへん。こんど礼治に訊いてみたらええんちゃう?」


 と、カナルが顎をしゃくりながら一案を述べる。


 以前、ひまわり組に礼治との仲が悪い理由を訊いた事はあっても、その逆からはなかった。彼がアガーレールに来てから、そんなに話せる時間がなかったからだ。

 だからこそ、こういうのは双方の意見を聞いてから、判断した方が良さそうである。



 でも、今は先に、悪魔城前で囚われているかもしれないヘル達を助けなきゃ。

 僕はそう誓った。


(つづく)

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