ep.9 張り裂けていく慈悲の「心」
「アゲハの見舞い?」
あのあと僕はマニーから、王宮の再入場許可をもらう事を決めた。
先程まで僕の脱・ニート作戦的な話をふっかけられ、そっちに全部もっていかれてたけど、あの会話の中にサラッと無視できない情報が流れ込んできたものだ。
なんでも、アゲハが体調不良を起こしているらしい。
なんだろう? 風邪かな。それとも胃腸炎?
分からないけど、僕にギルドの設立を割り振ろうとしてくれた人に、事情を知っておいて何も言わないでおくのはかえって失礼だと思ったのである。
「…その前に、ジョナサンはどうしてここに?」
と、マニーが目を向けた先はジョン・カムリ。
他メンバーが解散した中で、僕と同様この場に残った男である。
すると、ジョンは空を見上げていた表情を下ろし、こう答えた。
「別に。セリナがさっきからボーっとしてるから、また歩いてる途中でそこらの柱にぶつかるんじゃねーかと心配なだけだよ」
「なっ…!」
僕はジョンを睨んだ。まったく、人のせいにしておいて素直じゃないな。
本当は自分だって、あの時つい口を滑らせた事でアゲハにショックを与えてしまった「自責の念」があるから、そこで
なんて口には出さなくとも、僕はマニーへの説得を試みる。
「こんな時に、無茶を承知なのは分かっている。だけど、どうしてもアゲハに会って話がしたいんだ。
組合の提案をしてくれたお礼は勿論だけど、その… 実は冊子を貰う直前、アゲハに誤解を招くような事をしてしまって。それで、どうしても謝りたくて」
「…」
マニーが、神妙な面持ちで口を閉ざした。
もう、何となく事情は察しているのだろう。
「よく見てほしい」
すると、彼は僕とジョンから少し距離を置くように、後ろへ下がった。
そこで足を止め、祈るようなポーズをすると、周囲からどんどん青色を基調とした半透明の蝶々たちが、フェードインしたのである。
僕ははっとした。マニーは祈るようなポーズを終えた。
蝶々たちは依然、綺麗なウィンドチャイム風の音を鳴らしながら、優雅に羽ばたいている。
「ここへ飛ばされる前、神の跡取りゲームが終わるその瞬間まで、俺とアゲハは魂を共有する“縛り”を受けていた。次の神の子が作られるための
マニーが、そういって大群の中から1羽、アゲハチョウを自身の指先へと着地させた。
虹色蝶には2種類あって、一種はアゲハチョウ、もう一種はそれより一回り大きいモルフォチョウだ。アゲハとマニー、それぞれの思念体。
「この子は一見、元気そうだけど、よく耳を澄ませると音が少し濁っているだろう?」
「うん」
「体は健康でも、心は元気じゃない―― それが、今のアゲハの状態だよ。彼女は今も、気を紛らわすかの様に、ずっと公務に張り付いている」
「…やっぱり」
アゲハがここ数日、顔を出さなかった理由は、精神的ストレスによるもの。
外的な体調不良などなく、やはりあの時の言葉を耳にしたのが原因とみた。
僕は肩を落とした。
「マニーは、アゲハがどうして心が元気じゃないのかは、知ってる?」
恐る恐る、マニーに訊いてみる。マニーはなお冷静に答えた。
「訊いてはいないけど、大体想像はつくよ。アキラが、その為に気を遣っていた事も」
彼はジョンを一瞥した。ジョンがそこにいる理由も、知っているという事か。
「マニーは… つらくないの?」
僕は質問を続けた。
少しだけ、間が空いたような気がする。
「『つらくない』と言ったら、ウソになる。でも、今はこの世界でやるべき問題を解決させる方が先だ。当初からの目標である『仲間全員を解放』したあとに、きっと新たな可能性を見つけられるかもしれない。たとえ望みが薄くても、今から諦めるのはまだ早いだろう?」
マニーのその言葉は一見、冷たく感じるかもしれない。
だけど、そんな彼も本当はつらいんだろうな。だって、モルフォの飛び方が、少し…
「アキラが尋ねてきた旨は、アゲハに伝えておくよ。それじゃ」
そういって、マニーは王宮の門を閉めた。
同時に、虹色蝶たちもフェードアウトしたのであった。
「はぁ… 俺、マリアん家に泊まってくわ。セリナ、お前も休んどけ」
ジョンも溜め息交じりに、そうすぐには女王に会えない事を予見したのか、自身の後頭部を搔きながらこの場を去っていった。
――――――――――
――あれから、本当にグリフォン達が出没しなくなったな。まぁ、来たら困るけど。
夜。僕は人っ子一人いないであろう、静かな広場へと足を運んだ。
いつも通りサリイシュ宅を訪ねたのだが、地下渓谷にでも行っているのか家が不在だったので、ついでに広場へと寄った形だ。
なんだか、心にポッカリと穴が空いたような、そんな気分。
「あ」
僕は広場で、アゲハを発見した。
意外とあっさりだった。
彼女はそこらを歩く野生ソースラビット達を撫でながら、野菜をあげていたのである。
「アゲハ!」
僕はアゲハの元へ駆け寄った。話せるなら、今しかないと思った。
「あ、アキラ。じゃあねみんな、おやすみ」
アゲハは僕に気づいたあと、満腹になったソースラビット達が森へ帰っていく姿を見送る。あの時のように、突然その場を離れるような事はしなかった。
「アゲハ…! あの、その」
僕はどこから話せばいいか、分からなかった。
きっと、またアゲハを傷つけてしまうんじゃないかと、不安になった。
「…いいよ。もう」
アゲハが、静かに答える。
僕が何を言おうとしたのか、もう分かったらしい。だけど顔は俯いたまま。
「私も、あの時はごめん。あれから、少し冷静になってね… 今は少し、動物に癒されようと思って」
「そう、か」
「バカだよなぁ。あれから長い年月が経ち、ここでの暮らしもすっかり慣れた筈なのにさ。大体、その元きた世界があっても、なくても、ここにいる私達には関係がないのに…」
確かに、その元きた世界での僕達とは記憶も共有されなければ、干渉もできない。
僕達が集結した、あの夢の世界があったのも、元々は神の跡取りゲームのためだ。
結局のところ、天界越し、並行世界を観察する事しかできない仕組みなのである。
それでも、
「たまに、別世界で生きる私達の様子が見られれば、それで充分だと思ってた。でも… もう、今はそれも叶わない夢、なのかな?」
アゲハの声が、震えている。
心が、はち切れそうだ。アゲハが、
「もし、世界が本当に、消滅したならさ…? 弟たちは、息子たちはその瞬間、どうしていたんだろう? って。想像したくないのに… グスッ 苦しくなかったのかな、とか、痛くなかったのかな、とか、そう信じたくて… でも、それさえも、もう分からなくて…!」
「アゲハ」
「私、母親失格だ… ズッ せめて最後は、
アゲハは遂に耐え切れなくなり、僕の胸中へと顔をうずめた。
そして、彼女は大声で泣いた。
女王として気丈に振る舞い続け、ずっと抑えていた感情が爆発し、狂う様に泣き叫んだ。
「泣かないで」なんて、そんな簡単に言えなくて――。
僕は、その場でアゲハを抱きしめる事しか、できなかった。
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