ep.7 未知数のエビを見つけ出せ!

 あれからおよそ1週間。

 僕達はジョンの解放も兼ねて、改めてアガーレールに必要な任務を共有するための会議に参加する事になった。


 僕は、あれからアゲハと顔合わせをしていない。

 やはりあの時、ジョンから知らされた事実にショックを受けたのだろうか… 会議でメンバーには一通り会えると思うから、そこで事情を伺うのが最善とみた。


「みんな。先日は富沢商会の制圧と、それに伴うカナリアイエローの解放、お疲れ様。

 あの日以来、フェブシティから残党が報復に来たのはアゲハに対する一体のみで、それもアゲハがすぐに破壊したきりだ。アガーレールへの被害も、ほぼ停滞したといっていいだろう。しかし」


 ゴクリ。僕は息を呑んだ。たぶん、次はアゲハと礼治の会話で聞かされた「あの件」か。


「いま、この世界では暗黒城近辺を中心に、各地の住民が次々と行方不明になっている。行方不明事件そのものは前からあったけど、その頃はまだ情報不足で足どりが掴めなかった。だけど、最近はその暗黒城にいるやつが黒幕ではないかとの噂が立っているんだ」


「なるほどね。要はその暗黒城にいって、行方不明事件の真相を暴こうってやつ?」


 そういったのはマリア。みどりの爆乳おてんば娘。

 彼女は僕やアゲハ達のような「最初からいる勢」を除き、クリスタルチャームから解放された最初のメンバーだ。強力な雷使いだから、戦闘もお手のもの。


「その通り。だけどその暗黒城へ行くには、幾つかの課題をクリアしなければならない。

 1つは暗黒城周辺が猛毒のガスで覆われていること。1つは暗黒城へ行ける道が、石橋1本だけということ。1つは、大元のフェデュートを刺激しないよう交渉を進めることだ」

「交渉… 討伐、ではないんだね?」


 マニーの言葉に、マリアが怪訝な表情で反芻はんすうした。マニーは肩を落とした。


「暗黒城に住むチアノーゼは富沢と違って、組織やフェブシティから高い信頼を得ている女だ。表向きはファッションモデルを務めていて、その分知名度もある。そんな組織の幹部が正当な交渉記録もなしに突然討伐されたら、大元が動き出すのも時間の問題だろう」


「そうか。で、その作戦については、まだ住民には教えていない感じ?」


「うん。過去の襲撃で、多くの民が命を落としている以上、今回のような作戦をきいて納得できない人も出てくると思う。正直、俺も納得はいかない。

 だけどここアガーレールは、あいにく軍を率いるほどの力を持っていないんだ。対して、相手は近代技術を未知数に抱えている組織。


 俺が少し前に潜入調査へ出向いた時は、数百ものミサイルらしきものが貯蔵されている様子をモニター越しに見た。その時の映像が本物だとして、いま国際法も何も制定されていない状態で彼らが本気を出せば、おそらくこの国の街は一瞬で吹き飛ぶだろう」


 場の空気が、一瞬で硬直した。


 何がこうとはハッキリ示していないが、マニーが言わんとしている事は分かる。

 僕自身、実際にそれ・・を経験した世代ではないけど、嫌でも分かってしまうから恐ろしい。「歴史を学ぶ」って、こういう事なんだろうな。


「話を暗黒城へ向かう件に戻すが、城全体を覆う猛毒のガスは今まで、隣の火山地帯からガスが流れ出てきたものだと考えられていた。だけど最近になって、実は『人工的に作り出されているのではないか』という説が浮上している」


「そうなの!?」と僕。

 というか、暗黒城のすぐ近くが火山地帯って、もうそれ地獄のダンジョンなのよ。


「太陽や月の引力、それに伴うプレートテクトニクスよる火山活動の変化も理由に考えたけど、まだ他のエリアの全貌が見えていない中で地質学的根拠を見出すのは浅はか。だけどその一方で、とある問題が浮き彫りになってきたんだよ。ヒナ、詳しい説明を」

「オッケー」


 そういうと、ここでヒナが神妙な面持ちで立ち上がった。

 水魔法を操り、おまけに人魚に変身できる母神様。誰がなぜ、そんな信仰を広めたのかは不明だけど、この世界ではそう崇められている高身長美女である。彼女は口を開いた。


「この世界って、私が解放されるまで誰も海をいじろうとしなかったでしょ?」


「まぁ、うん」


「だから今の海はもちろん手づかずの美しい景観を保ったところが、とても多いんだけどね? どういうわけか、毎日海に潜って周囲を回っていくうちに、甲殻類が日に日に減ってきている事が分かったの。しかも、エビばかりが極端に少なくなってきている」


「エビ?」


「そう。水質的にも、エビが暮らすには問題がないはずなのにね。だからその事をマニーくん達に報告して、まさかどこかで乱獲している人がいるんじゃないかと見て回ったの。だけど、みんな心当たりがないみたいで」


「そうだったんだ…」


 僕にとっては初耳であった。でも、言われてみれば確かに海鮮類を見かけていない様な。

 そもそも、この世界ではつい最近まで海の生き物と馴染みがなかったのだから、それで極端に特定の個体が減っているかどうかなんて、聞かれてもそうそう分かりっこない。


 するとマニーがお茶を飲み終え、ヒナに頷いては再び発言の場へと立った。


「ありがとう。ところで、俺たちの中にこんな心当たりはないか? エビを素材とした、毒のポーションを精製できる仲間2人の存在を」

「!!」



 エビ。ポーション作り。知ってる。


 今はまだ行方どころか、チャームさえ見つかっていないけど、本業が医療従事者とその助手の2人。ヘルと若葉のことじゃないか!



 まさか? まさか、その2人が…

 なんて勘繰ってしまうけど、実情は少し違うらしい。マニーは首を横に振った。


「例のガスは、そのエビを素材とした『毒』のポーションと、極めて近い性質を持っている。しかも暗黒城付近には、魔族が多く暮らしているんだ。

 魔族といえば、アキラが前に富沢と戦った時に出てきた『小さな悪魔』も、その中の一族に分類されるけど、そこで判明した事がある。彼らは、クリスタルチャームに眠る俺達仲間の魔法を吸い取り、それを使役する力をもっているだろう?」


 嫌な予感がする。僕は言葉を選ぶようにしてこう答えた。


「つまり、城の近くに小さな悪魔がいたら… そいつが、ヘルたちのチャームを使って、ガスを生成している可能性があると…?」


「そういうこと。これなら、海からエビが激減しているのも納得がいく。フェデュートを率いるあの空中都市の連中なら、夜中にこそこそエビを乱獲していてもおかしくない」


 ふむ、一応筋は通るか。

 僕はここまでの話の流れで、これから自分達が何をすべきか、もう何となく想像はついた。


「アキラも知っていると思うけど、城のボスであるチアノーゼが使役するチャームの持ち主、シアンは、カナリアイエローとは比べ物にならないほど強力だ。いきなりそいつに挑む前に、まずはヘル達を確保したい。ヒーラーがいるのといないのとでは、戦況は大きく変わるだろう」

「…その話し方からして、少なくともマニーはそのチアノーゼという女と“戦う前提”で、準備を進めているみたいだな」


 次にそういったのはマイキ。

 犬に変身できて、現在は国のパトロールに回っている獣人さんだ。マニーは息を呑んだ。



「敵の勢力は未知数だ。常に、国が抱える最悪のパターンを想定しなくてはならない」



 そう告げるマニーの表情が、どことなく辛そうであった。


(つづく)

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