ep.3 光に釣られ アゲハホイホイ ワシホイホイ

 ~♪


 背後から、疾風とツリーチャイムの音色が重なり合い、こちらへ迫ってきている。


 トーンの高さからして、あるじは女性。

 僕達が振り向いた先、その音源は虹色に光る蝶の大群となって、目にも止まらぬ低空飛行で飛んできたのであった。


 キキキーッ!!

「兄さん!」


 耳障りなブレーキ音とともに駆けつけてきたのはそう、この国の女王アゲハ。

 先の凄まじい墜落音が王宮にも響いたのだろう、国内に大変な事態が起こったと危惧し、急いで現場へ飛んできたのである。

 虹色蝶の大群は、主が足を止めたため、スーッと空へ溶けるように消えていった。

「ものすごい爆音が響いてきたから、また襲撃がはじまったのかと。でもよかった、みんな無事で… 兄さん、私は何人に見える? ひらがな50音順全部分かる!?」

「どういう確認の仕方だ、それは… 大丈夫だ。少し服が汚れただけさ」

 そういって、礼治がゆっくり立ち上がり、祭典服に付着した煤や埃を払った。が、



「あわ、あわわわわわ…!」

「い、いい今、じょ、女王様がに、『兄さん』って…!」


 うん。そうくると思った。

 先住民の2人、サリバとイシュタが、先の光景を見ながら震えあがっているのだ。

 このまま大声で叫ばれるのを防ぐため、僕は腕を組んだ。

「あれ? 俺、この前2人に説明しなかったっけ? 彼らはイトコ同士で、礼治さんは地獄を統治する神の1人にして、ヒナの旦那さんだぞ」


 すると、サリイシュの震えがピタリと止まった。我に返って落ち着いたか。


 とりあえず、国中に2度もデカい“音”が鳴り響く事にならなくて一安心。




 ――――――――――




「暗黒城へ?」

 このあと、僕達は王宮までの道を歩きながら、礼治とアゲハの話を聞く事になった。


「うん。城の主であるチアノーゼは、大陸南部にある少数民族コロニーと、その先の湿地に住まう魔族たちの『頂点』に君臨する。実は最近になって、彼女が住んでいるその暗黒城付近で、妙な噂が出はじめているんだよ」

「妙な噂?」

「フェブシティを中心に、人々が暗黒城付近で目撃されたのを最後に、行方不明となっている事件だ。行方不明情報そのものは、『謎の失踪』として前からあったけどね。

 考えられる経緯は… 富沢商会の失脚に伴う悪しき実体が暴かれたり、雷鳴の山脈をはじめとする新天地がどんどん解放された事で、より多くの人に、その原因が“可視化”される様になったって所かな?」

「ふむ。インターネットの普及で、昔より簡単に悪事がバレる時代の流れと似ているな」


 うぅ… なんか、さっきからもの凄いハイレベルな話をしているけど、よく意思疎通ができるなぁ2人とも。

 もう、きいているだけで頭が痛い!


「つまり、その暗黒城の主であるチアノーゼに会い、交渉か、討伐に移ると」




 アゲハは、今の礼治の言葉に何か思うところがあるのだろう、僅かに視線を逸らした。

「できれば、討伐はしたくない」

 あら? 意外な答えだ。ここまで自信がない女王の姿を見たのは初めてかも。

 僕もサリイシュも、そんなアゲハの顔を見つめた。


「とにかく今は、その噂となっている行方不明事件の『元凶』を抑え、民の不安をいていきたい。このままだと、コロニーの住民達からも、更にアガーレールへの信頼を失う事になる。

 幸い今は静かだし、あのデカい暗黒城で黒い噂が流れても、大元のフェデュートが追及しにいく様子は見受けられない。それだけ、彼女は組織から信頼されているんだろうね」

「なるほど、あの富沢とは大違いだな。今はカナルに代理を任せているが、フェデュートに関する情報はおろか、実はあいつは組織の内部すらよく知らないまま、司令クラスに就任したそうだ。“裏金”でな」

「だろうと思ったよ。でなきゃ今頃、ずっとヤツを見てきたカナルが、とっくの当に真実を明かしているもの。――そんな富沢に比べ、暗黒城を持てる程の実力を有するチアノーゼは、まだ頭が切れる。話せば分かる相手だと信じたいよ」


 ふむ。それで討伐したくないわけか。

 たしかに聞いた感じ相手は強そうだし、君主として、ここは穏便に済ませたいのだろう。




「あれ?」


 こうして王宮前の広場まで辿り着いた折、僕達は目を疑った。

 広場の一角で倒れているのは… ワシ? いや、よく見たら体がライオン!?


「グリフォンだ。もう、飛べないくらい弱っている」

 アゲハが冷静に、現場の状況を説明した。

 そういえばこの世界のグリフォンって確か、人の目を狙ってくるんだっけ!? なにそれ、メチャクチャ怖いんだけど。


「あの子の足に何か絡みついてる。兄さん!」

「あぁ」


 アゲハは礼治へと目くばせ、咄嗟にグリフォンの背後へと旋回した。

 その間に、礼治が全身から黒焔のオーラを纏う。グリフォンはかなり警戒しているのだろう、下半身を引きずらせながらも少し暴れだした。

 口から大量の唾というか、水鉄砲のような攻撃を繰り出すも、アゲハはそれを虹色蝶の飛行で易々とかわす。そして、


「ふん!」


 ズーン…!


 礼治がここで、「足踏み」という形で黒焔の葉脈を形成した。


 その葉脈は半径5m四方へと広がり、それに触れたグリフォンの動きを「制止」。

 これは今のところ礼治だけが使える、葉脈に触れた全ての生き物を止める、強力な技だ。


「それ!」


 その隙にアゲハが滑空し、グリフォンの足に付いている「何か」を掴んだ。

 刹那、礼治が地面に張った葉脈をパッと消し、グリフォンの時が動き出す。



 間一髪、アゲハはグリフォンに突かれる前に、何かを取って離れる事に成功した!


「「おぉー」」

 サリイシュも、アゲハ達の活躍に感心している。



 ストッ

「これは… 小さい鳥の『巣』だ。しかも、中にはオリハルコンの針金まで入ってる」

 そういって降り立ったアゲハの手にあるのは、網目に作られたボウル状の器。

 羽根も付着している事から、巣である事が分かる。僕も中を覗いた。

「それ… って確か、フェブシティにある最強の金属だっけ?」

「うん。その中でも、こうして針金になっているものの分布は、荒野の頂上だけ。多分だけど、卵を見つけたタイミングでライバルと奪い合いの喧嘩になり、負傷したんだろうね」

「なるほど。にしても、なぜこの広場に? 今までこんな事はなかっただろう」

「う~む。考えられるのは虫や鳥と同じ、彼らが光に寄る性質からして、たぶん兄さんが降ってきた時の光に吸い寄せられたんじゃない?」

「なっ!」


 と、礼治が怪訝な表情でアゲハを一瞥いちべつする。

 ごめん。不謹慎だけど、今の会話はちょっと笑っちゃった。


「あれ? まって!? この巣の中、クリスタルの形をした凹みがある!」




「えぇぇ!?」

 まさかの、アゲハが凝視する巣から新情報!

 これにはグリフォンの手当てをした礼治も、サリイシュも、こちらへ駆けつける。


「どういうこと!?」

「この巣には、クリスタルも一緒に置かれていたのかもしれない。ホラ見て。この凹みの隣に、月のような形の小さな凹みまであるでしょ?」

「ホントだ… って、月?」



 …。



「「ジョン・カムリ!」」

 僕とアゲハは、揃ってその人名を呼称した。

 月のクリスタルチャーム。その持ち主といえば、あのチート級の猫耳男!



 ということは、そのクリスタルは、まだ荒野の頂上にあるかもしれない!

 僕達は、揃って荒野がある南西方向へと、目を向けた。


 ここへ墜落(?)したグリフォンのものらしき抜けた羽根も、同じ方角に沿ってぽろぽろ落ちている。

 間違いない。この先へいけば、また一人クリスタルから仲間を解放できるぞ!




【クリスタルの魂を全解放まで、残り 18 個】

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