第15話

「恥ずかしい恥ずかしい……」


 そう言って君はその感情ごと流し込むように、安いワインを一気に煽った。

 そういえば。さっきから話の合間合間に結構飲んでる雰囲気があるのに、全然酔った感じがしていない。

 ファミレスの安いワインの度数なんて高が知れているとは言え、だ。

 君は酒に強いんだろうか。


「加藤くんは、恥ずかしくないの?」

「さっきも言った通り、恥ずかしいけど。でも、君ほどではないかな」

「そっかぁ。まあここは個人差だよねー」


 そうして君はワイングラスを傾けた。ことあるごとに飲むな、本当に。


「そういや。どうして加藤くんは呼び方が"君"のままなの? 私は加藤くんの呼び方をついさっきまで忘れてたけど、思い出したからもう戻したよ」

「それは……」


 松山とは呼べなくなったからだよ、松山。

 そんなこと聞かないでくれよとすら思う。考えたらわかるじゃないか。

 いや、違うか。すんなり僕を付き合っていた頃の呼び名に戻してしまえるほどに、今の君は強いから。

 必要のないことをうじうじと気に病んで、どうでもいいことに苦心する僕のことなんてもう、分からないのだろう……

 いや……卑屈になりすぎだな。僕もワインを煽って──大事なことを思い出した。


 他人に望むな、だ。


 小野先輩の言葉だ。

 すっかり忘れていた。いや、忘れていたってほどではないのだけど、なんにせよ実践するほどに思考の表層には現れていなかった。

 忘れるために飲んだワインで思い出すなんて皮肉なことだけど、今はすごく助かった。

 他人に望まないということは、理想を押し付けないということだ。

 さっきの僕は君に過去の幻影を押し付けて……挙げ句の果て勝手に失望した。君の変化はプラスの方向に働いているかもしれないのに。

 もう一度、ワインを煽る。グラスにワインはなくなった。

 君もそうだけど、ちょっとだけと言ったのに結構な量を飲んでしまっている。

 ダメな大人に、なってしまった。


「まあ、そこはなんでもいいや。ええと次は……初デートの話? になるのかな?」

「そうか……まあ、そうなるのか……」


 今までの思い出は全て、この先の終わりがわかっていて、後悔が混ざっていて、決して良い思い出ではないけれど、でも悪い思い出だってひとつもないのだ。

 考えれば当たり前のことだけれど、やっぱり昔話は懐かしくはあるのだ。

 そもそも。あの頃はあんなことがあったね、なんて話しをしたのは、僕にとって今が初めてだった。

 広く、浅く──そんな僕には、昔を語らうほどに長く続く深い関係を持った友人ができなかったからだ。将来的には大瀬とか小野先輩とそうなれたらいいな、とは思うけれど。でもそれは未来の話だ。

 だから今は、昔を振り返って良かった。振り返れて良かった。そう思う。そう思いたい。


 ──だから、この先はやめよう。この先の思い出だって悪くはないけれど、後から見ると辛い思い出ばかりだから。

 僕が決定的に間違え続けただけだから。どうか、勘弁してください。


 とは、言えなかった。

 ここまでの話の全てが無駄になってしまうから。

 なんてのもまた言い訳で、結局僕に言い出す勇気がなかっただけだろう。

 耐えるためと握りしめた右手が痛い。噛み締めた歯も、じわじわと痛みを伝播させてくる。

 けれど、そんなのは全て自分に対する言い訳だった。心地よい罰を与えて満足したいだけの、観客のいないパフォーマンス。


 本当に、嫌になる……


 当然、話は止まらない。止めていないから。

 君はすでに次の話を始めている。僕も聞くだけにならないように、語る形をとっている。

 それは、初デートの話。歪な土台に亀裂が走った日の話。

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