第14話

 あれから本について話すことも増え(元々が0だったから増えると言う表現に若干の違和感はあるが)毎日とは言わないまでも、それなりに話すようになった。

 それなのにまだ、お互いに距離感が掴めていなかった。

 間違いなく、気は合う。こんな相手は初めてかもしれないほどに。

 でも、当たり障りのないことばかりを話していた──けれど、思えば、それで満足しておけば良かったのだろう。


 ある日。図書室。


「僕は、なんて言うか。友達と気を使う関係が嫌いで」

「はあ。じゃあ私とは友達になりたくないと? 松山くんがだいぶ気を遣ってるのは感じてますよ」

「まあ、そうなんだけど。そうじゃなくて」


 別にそれでもいいですけれど……そんな口振りだった。それに若干のダメージを受けつつも、何とか次の言葉を考える。


「松山さんには気を使ってほしくないと言うか、使いたくないと言うか、友達になってほしいと言うか……」

「……何を言いたんです? というか、加藤くんなんて気遣いの塊みたいな人が言うセリフじゃないですよ、それ」


 「どっちかというと、私が言う方です」松山さんは付け加える。

 まあ……確かにというか、まさしくというか、まったくもってその通りだった。

 僕は結構、無駄に気を使ってしまうタイプだ。

 普段からクラスでも陽気に振る舞って、雰囲気のバランスを取ろうと苦心している。それは間違いなく気を使うということに他ならないだろう。

 けれどそんなことを繰り返していたら、ある程度聡い人には、すぐにバレてしまう。

 そんな薄っぺらい嘘を僕は吐き続けてきた。みんなのために、何より自分のために。

 でも、だからこそ。誰よりも気を使わない友人というものに憧れているのだ。

 夜空先生の本を読んでいて、松山ならあるいは分かってくれるかも、と思ったから言ってみたのだけど……


「まあ確かに、その押し付けがましさは気を使わない、と言えるのかもしれませんけど……」

「ぐっ」


 火力が高い。


「と、このくらいの指摘でダメージ喰らってるなら早い話無理だと思いますよ。気を使わないなんてのは」


 もっと火力が高い。

 怒っているのかと思って顔を覗くと、柔らかく笑っていた。


「まあ、友人になれなくても、別に知人でもいいじゃないですか」

「知人かぁ。それは少し、寂しいな」

「贅沢ですね……そもそもこんなのはただの言葉遊びで、意識の問題で、明確な定義なんて定めようとしてしまうから窮屈になるんです」

「そうだよなぁ、うーん……でも」腑に落ちない。落としたくなかった。だから僕は変に思考を回した「知人と友人がだめなら──じゃああとは、恋人?」

「なっ、何を言っているんですか?」


 まったくもってその通りだった。何を言っているんだ、僕は。


「あ、いや、ごめん。びっくりするよね。聞かなかったことに──」

「それはできません」


 ピシャリと、僕の話を途切れさせた。そのまま、松山さんは続ける。


「恋人なんて言葉が出てきたのは……加藤くんは私のことが好きなんですか? だから今までこんなことを? そんな理由で、私に対して? ずっと?」

「好きかどうかは──わからない。分からないけど」


 付き合ってみたら、好きになれるかもしれないくらいには? たぶん、意識してる。

 多分、そんな感じに反吐が出るほど無責任なことを僕は適当に言ってしまった。

 思い出したくないから、思い出せないけど。その弱さにすら辟易とするけれど。

 それが何より、間違いだったんだろう。

 初めて出逢った気の合う人間と話すのが何より楽しくて、その関係性に本物を求めてしまった。繋ぎ止めるものを欲してしまった。

 永遠の花は僕が手折ったのだ。


「というか。どうして友達がダメなら恋人なんですか」

「うーん……これは僕の持論なんだけど、友達は気を使ってはいけないけど恋人はむしろある程度気を使うべき、みたいな。僕たちなら後者の方が簡単そうと思った、みたいな」

「なるほど、納得できるようなできないような……」

「知人止まりは寂しいと思った、みたいな……」

「とりあえず、理解はしました。仮に……仮にですよ、付き合ったとしたらキスとか、そういうのを求めますか?」

「いや、そんな! そういうのはちゃんと好きになったと胸を張って言えるようになってからしよう」

「……そう、ですか」

「ひ、引いてる? いや、ヤバいこと言った自覚はあるんだけど。だから忘れて──」

「……いえ。まあ。別に、いいですよ、私は。付き合いましょう。そっちの方がたぶん、色々見えてきます」

「えぇっ!? いいの?」


 そんなふうに、僕たちは付き合い始めたのだ。

 友達になれないなら、恋人として。歪な始まりを抱えて。終わりに向かって。

 こんなことになるくらいなら、あの時素直に嘘と言っておけば良かったのに。

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