第12話

パート12


「変わったね、私たち」


 妥当な始まり方だった。

 まあまず、そこには触れないといけないだろう。僕たちが話をするのなら。

 イメージチェンジ。移行。変化。

 言葉はなんでも良かったけれど。本当に、驚くほどに、昔と違う。


「そうだな、本当に、変わった……」

「あなたは、そんなよそよそしい人間じゃなかった」

「君は、そんなにふわふわとした人間じゃなかった」


 ともすれば、口喧嘩のようにも聞こえる応酬。

 だからお互いにそれ以上は、踏み込まなかった。踏み込まなかった。

 けれど一旦は、それで良い。そう思った。


 君は、本当に変わった──けれど。

 僕も、本当に変わった。まさに今、君が指摘したように。

 だとしたら。君の変化にばかり触れていたのなら。

 バランスを取って、僕の話もしないといけない。それが、道理というものだろう。


 今では考えられないことだけど、高校までの僕は、結構いわゆる陽気な感じだったのだ。少なくとも、見かけの上は。

 それが地元を離れて大学に来て、なんとなくのやめ時を失っていた空元気が、ついに尽きて。

 今ではすっかり根暗な感じで、友達が2人なんてことになってしまっている。

 そのことに関して僕は全く悲しいと思わないし、むしろ誇らしいくらいなのだけれど。

 でも、外に目を向けてみると。僕以外は、僕の変化についてどう思うだろうか。

 事実。僕は君の変化を見て、少なからず動揺している。これは悲しい、とも括れなくはない感情だった。寂しい、の方が、正しいかもしれないけれど。

 なんにしても。

 だとするのなら……あるいは君ももしかしたら……。と、そういう話だった。

 まあ。実際君がどう思っているかなんて確かめようがないのだけれど。

 少なくとも今の僕には、それを訊く勇気はないのだから。


「あーとりあえず、何か頼もうか。ええと……僕はランチセットとドリンクバーで」

「じゃあ、私もそれにしようかな」


 思いの外スムーズに決まり、店員さんを呼んだ。そして、2人してドリンクバーを目指して、席を立った。


 そういえば。僕たちが今話している場所はなんの変哲もないファミレスだ。昨日の夜、僕がここを指定した。

 地域住民だけが知っている穴場の名店──みたいなところに本当は連れて行ってあげたかったのだけれど、そういう店を記憶の底から引っ張り出そうとしたのだけれど。

 あいにく僕は半引きこもり大学生だった。

 安くて美味しい穴場の名店なんて、知るわけがないのだ。

 当然。そもそも知らないものはどれだけ頑張っても思い出せない。存在しない店は、紹介できない。

 要するに、知識もないのに安請け合いした結果だった。申し訳ない。べつに、ファミレスが悪いわけでもないのだけれど……

 でも、こんなことになるのなら、場所は僕が決める。なんて格好つけなければ良かった。


 と、どうでも良い後悔もそこそこに、真剣にドリンクを吟味している君の姿を改めて見る。

 昨日と比べても、ラフな格好だった。

 けれどいちばん特徴的なのは、子供の不在。

 今の君は1人でいることが、いちばんの特徴だった。

 ここ2日で見た君の姿はいつも子供を連れていたから、少し違和感を感じなくもない。それに一抹の寂しさを覚えるけど……それは置いておいて。

 その子供は、君の夫──佐藤誠の実家に預けてきたらしい。

 だから、時間はたっぷりある。今日は色々、お話できる。

 店内に入る前に、そういう説明を受けた。



 ドリンクを持って席に戻ってきて、料理も到着して(早朝だからか人が少なく、いつもより早かったように思う)

 まず口火を切ったのは、君だった。


「本題の、前に──思い出話しでも、する?」

「それは……」


 どうなんだろう。思い出話で楽しくなる未来があんまり思い浮かばない。

 けれど、どうせいつかは話さなければならない。それも、近いうちに──そんなことも、同時に思うのだ。

 だとしたら。すこし余裕がある今、済ませておくべきだろう。


「するか、思い出話。時間はたっぷりあるんだし」


 答えると、君は嬉しそうに笑った。僕はどれだけ取り繕っても苦笑が精々だったのに。

 色んなことで沸き立つ胸が煩わしかった。良い方にも、悪い方にも。

 そうして、


「じゃあさ……お酒、飲む? あんまり多くは、飲めないけれど」


 「少しだけ、素直になれるかも」最後に付け加えて、次の提案をしてきたのだった。

 しかし、お酒か。君と一緒に、お酒か。

 奇妙な感覚だった。そんなこと──考えたこともなかった。ほんとうに。

 断絶した未来が、違う形で続いている。

 僕たちはもう、お酒だって飲めるんだ。

 もしかしたら、それがいちばんの変化とも言えるのかもしれなかった。

 いや……これは変化というより、ただの成長か。


「まだ朝、だからなぁ」

「…………」

「だから、ちょっとだけ、ちょっとだけ──飲むか」

「うん! そうしよう!」


 弾んだような返事だった。

 案外君は、お酒が好きなのかもしれない。これもまた、知らない間の出来事だった。

 そんな自分の雰囲気に気づいたのか、「こほん」咳払いの後、「じゃあ、」君は仕切り直す。


「順に、遡っていく? それとも最初から、時間通りに進めていく?」

「最初から時間通り、進めていくか」


 その方が、僕たちがどこで致命的なミスを犯したのか、分かりやすいから。という思考が過ぎりはしたものの、とてもじゃないが口には出せなかった。

 べつに君は、そういうつもりで話し始めたんじゃないだろうし……

 自分勝手な罪悪感を抱いているのはきっと僕だけだ。


「じゃあ、そうしよう。あれは──」


 そうして僕たちは、パンドラの箱かもしれない思い出話を始めるのだった。

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