第9話

「少女漫画読むんですね、先輩。意外です」


 何か話を変えないと。そう思った結果でてきたのが、この言葉だった。


「読むよ、それくらい。いや、それくらいって言うのも少しおかしいか……なんにせよ、君はさっきから失礼だね。意外ってなんだ、私も女だぞ。スリーサイズも……」


 それはさっき違うと釈明したはずなのだけど。

 というか、結局また話が戻っている。どれだけ気にしているんだ。

 どこも程よく引き締まっていて、別に悪いと思わないのだけれど。

 先輩はスリーサイズというより、バストサイズを気にしているんじゃないだろうか。いや、本当にこれ以上はやめよう。


「先輩は、どんなジャンルのやつを読むんですか?」

「色々さ。説明するには言葉が足りない。少女漫画という名だけついた複合ジャンルだからね、あれ。いつか例に挙げたようなピュアピュアしたものもあれば、こんなもの少女に読ませるなよと言いたくなるドス黒いのもある。好き嫌いは多少あっても、満遍なく読むよ。だから、色々」

「へぇ……」

「……意外、って顔してるね。別にいいだろ、私が少女漫画を読んだって。別に好きな物語ばかりでもないが、というか腹立たしいものも多いけど、その分共感できるものだってあるんだよ」

「馬鹿にしてるとかではなくて。先輩は難しい本ばかり読んでいるイメージだったから、ほんとうに、意外だと思って」

「変なことでもないさ。実際、難しい本も読むしね。ただそういうのばかりというわけにもいかないし、その点、少女漫画というのは手頃で良い。数も種類も多いから、楽に時間が潰せる。それだけだよ」

「あぁ、時間が潰せる……なるほど」

「気持ち悪い納得。ほんとうに、君は失礼なやつだね……」


 先輩に時間がたくさんある理由は、おおよそ想像がつく。というより、昔本人から聞いたことがある。

 それは、友達が少ないから。どれくらい少ないかというと、僕より友達が少ない。

 友達が2人しかいない僕より友達が少ないということは1人以下で、そしてその1人の枠に僕がすっぽり収まっている。要するに、この人の友達は僕だけなのだった。そして、僕とも頻繁に遊んだりしない。

 必然、先輩は暇にもなるのだった。

 大学生なのに。いや、大学生だからか……。

 これに関しては僕も身に覚えのあることだから、あんまり人のことを言えないのだけど。


 そこまで考えて先輩の方を見ると、目が合った。そしてその目は、恨めしそうに僕を見ている。

 してやった。

 意趣返し、というやつだった。


「すみません。友達の少なさと暇さに関しては、僕も一緒でした」

「いや、いい。わかってる。というか、むしろ煽りにならないか? それ」


 一旦、便宜上謝った僕を腕と言葉で制す先輩。

 煽っているつもりはまったくなかったのだけど、なるほど確かに、そう見えないこともないのかもしれない。

 重ねて謝ろうかと思ったが、さらに恥を上塗りするだけだと思って、やめた。

 言葉と関係は難しいな、と思う。

 べつに意識すればこういう失言は減らせるのだろうけれど、そうやって意識して自分の意思と違うことばかりするのが、僕は何よりもどかしかったのだ。

 多少の距離感を推し量る術が必要なのは当たり前だけど、そればっかりになって本音を伝えることのできない関係に、何の価値も感じなかったのだ。

 だから、友達と言えるのかもしれないけど。

 だから、僕たちは友達を作らないのかもしれないけど。

 考えても栓の無いことだった。

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