第7話

 先導する先輩に渋々ついていく。道中確かに、他の生徒には全く出会わなかった。べつに疑っていたわけではないけれど、いざ目の当たりにすると少し驚く。

 そうして、読書スペースに着いた。

 まず目についたのは、テーブルの上には山のようにうず高く積み上げられた本。

 どれだけ先輩はここにいたんだ。ありふれた感想を持った。


「さて。どうして図書室に来たんだ? いや話さなくていいんだけどね。私が当ててやろう」

「べつに……ただの気まぐれですよ。当てなくていいです」

「気まぐれじゃないだろう。気まぐれで図書室に来るくらいの精神状況なら、私から逃げないはずだ」

「僕が単に貴女を嫌っているだけ、という可能性はないんですか」

「それも勘定に入れて、違うと判断しただけだよ」


 全くもってその通りだった。

 なんとか上手く誤魔化せないかと思考を回すものの、それらしいストーリーは何も出てこなかった。


「時間は潰したいのに、私からは逃げる。こんなの、君が何か暴かれたくない秘密を抱えているからだなんて容易に想像がつくからね」


 先輩はへへんと鼻を鳴らす。

 きっと気分は名探偵なのだろう。


「じゃあ、そっとしておいて下さいよ」

「いやいや、私はあえてそれを当てるのに喜びを見出すんだけれども……」


 最悪だった。

 だからいまは逢いたくなかったのだ。

 何があったか当てようとしてくるだけでも厄介なのに、その上でこの人は少し、鋭すぎる。

 当てられて今すぐ困るってことはないのだけど、そもそも今はあんまり考えたくないんだ。向き合いたくないんだ。弱いから。

 逃げたくて、ここにきたんだ。


「まあ、その秘密はもうおおかた想像はついているんだけどね。家に帰りたくないんだろ、君。一人暮らしなことも考えると、ご近所トラブルか何かか?」

「…………」

「図星みたいだね。君が何か問題を起こせるとは思えないし……となれば、誰か引っ越してきた?」

「違いますよ」

「なるほど、図星か」


 黙秘も否定も、何をしても無駄だった。

 未来の決まった確認作業に巻き込まれているだけなのだろう。


「君がここまで私に暴かれるのを恐れるということは、何か君のトラウマを大きく刺激する人物が引っ越してきたんだろうけど……いや、やめようか。これ以上の特定は無理だね」

「もうほぼ全部じゃないですか……」


 いちばん大事な部分はバレていないのだけど、僕はすでに丸裸にされたような気分になっていた。

 というか、そのいちばん大事な部分も時期にバレる気がした。

 僕が隣に越してくることを好ましく思わない人物なんて、すでに3つくらいには絞られてそうな予感がする。


「こんなところだね……あってた?」

「そうですね、お見事です。でも」


 先輩の眉がぴくりと動いた。僕は続ける。


「ほとんどあっているんですけど、ひとつだけ。トラウマでは、ないですね」

「そうか。なるほど、嘘でもなさそうだ。それはすまなかったね」


 誰のためにもならない意地だった。

 こんなの訂正したところで、何になるわけでもないのに……。

 最近、僕はこんなのばっかりだ。嫌になる。

 何をやっても、自分を嫌いにしかならなかった。あるいは、自分を嫌いになるようなことしか出来ていないのか。

 後者だな、と思った。


「まあ、ここまで当てて見せたんだ。ご褒美に少しは自分から話してみてくれよ」

「いや、それは……」

「君は少し抱えすぎるところもあるからね。話してみると、案外楽かもよ」


 驚きのあまり、先輩の顔を見てしまった。痛ましそうな顔をしている。僕に対してではない、先輩自身に対しての表情だった。

 そのまま、「べつに、私はどっちでもいいんだけどね。ただの世間話さ」そう続く。


 甘い提案だった。一般的に心地の良い優しさだった。

 だから、似つかわしくない優しさだった。

 だから、雨でも降ってるんじゃないかと窓を見てみた。

 けれど、カーテンの隙間から覗ける外は、綺麗に晴れていた。

 だとしたら、本当の優しさなのかもしれない。なんだかんだこういうことをする人では、ある。

 いや、違うな。

 この人も、同情なんてしない。

 上からでも下からでもないのに同じ目線に立ったように考えて、ありふれた結論じゃない正しい意見を見つけてくる。それができる。

 そうして分け隔てなく一定で、厳しくて、正しいだけだ。

 だとすれば。今回優しさに見えているものも、単に結果的にそう見えているだけなのだろう。

 すべて正しく裁定で、僕は等しく暴かれるのだろう。


 断ろうと思った。だけど、断る理由が見当たらなかった。

 断る理由がないならと、今度は話そうと思った。なのに、話す理由も見当たらなかった。

 何も、理由がなかった。根拠がなかった。何をしたら正しいのか分からなくなった。


 いや、こんなのすべて言い訳だな。理由なんて、そもそもないのだ。

 だから、理由を当てに決めることなんてことは出来ない。それは間違っているから。

 全部、自分で決めないといけない。

 けっきょく今大切なのは、僕が言いたいか、言いたくないか。言えるのか。言ってどうなるか。許されるのか。

 自分の内側にあるものだけだった。

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