第5話
大学までの通学路。まだそれなりに早い時間なのもあって、人通りは少ない。
手持ち無沙汰にスマホをつけて音楽を流す。左耳にイヤホンは刺していない。意味がないから。
流れてくるのは、最近の曲。流行りの曲。歌詞もうろ覚えな、好きでもない曲だった。
昔好きだった曲には、曲以外の思い出も一緒に詰まっているから、今は流せないのだった。
1人でいるとやはり考えてしまう。部屋に蹲っているよりかは何倍もマシなのだけど、色んなことが頭に駆け巡る。
色んなことと誤魔化してみても、大枠ひとつのことしか駆け巡っていないのは分かっている。
「はあ……」
あえて、分かりやすい嘆息。自分の立ち位置を見定めるため。
苦しいことだけ無駄にずっと考え続けてしまうのは、重大な脳の欠陥なんじゃないかと思う。
スイッチみたいに自由に、思考を止めたりまた始めたりできれば、自殺者の数なんて100分の1になるんじゃないだろうか。
まあ、すべて戯言だ。反省という機能が、人類の発展にどれだけ寄与したかわからないわけではない。
自分の脳みそとは、上手く付き合っていくしかないのだろう。僕にはできそうにないけれど。
無理やり、顔を上げた。空を見た。たいした感慨は得られなかった。
青いだけ。そう思う。
*
「いやーーすまん。急なお願いで」
昼休みになった。
約束通り僕たちは、たいして美味しくないのに高いという評判の食堂に集まった。
人はあんまりいない。人気がないから。
「カレーうどんでいいよな? 買ってくる」
「よろしく」
だけど、カレーうどんだけは本当に美味しいのだ。逆に、カレーうどん以外のすべてが美味しくないのだけど……
カレーうどんが美味しいのに、カレーライスまで美味しくないのはどういうカラクリなのだろう。
来年まで迫った卒論のテーマに本気で悩んでいる時、一瞬これをテーマにしようとしたことがあった。流石にすぐ正気に戻ったが。
「うい、いつも通りすぐ買えた。これお前の分、レポートのお礼って事で俺のおごりな」
「ありがとう」
いただきます、と2人合唱してから服を汚さないようにうどんを啜る。
うん、美味しい。ふつうの味がする。
しばらくカレーうどんを堪能していた後、先に口火を切ったのは大瀬だった。
「じゃあレポート……の前に、一旦昨日何があったかでも聞くか」
「そっちからかよ。まあ、でも、今は気が向いてないし話さないかな」
「そうか……」
大瀬は残念そうな顔でうどんを啜っている。けれど、それ以上は踏み入ってこない構えだった。
それを見て僕は願うように、カマをかけてみることにした。
「いつかは、話すんだけどさ……そういうの、聞くんだな。気を利かせて聞いてこないかと思った」
「別に、お前にとって嫌なことだったなら聞かないんだけどな」
言外に「嫌な事じゃないんだろ?」と聞かれている。
「そうだな、嫌な事じゃなかったよ。それだけは本当に」
「じゃあ、嫌な事じゃない。なら話す話さないに関わらず、聞くくらいはしていいはずだ。嫌なことじゃなかった話題を変なふうに避けるのは、おかしいだろ?」
それは、お前にとって内心嫌なことだったと、第三者の俺が決めつけていることになるから。
続く言葉はこれだった。大瀬は大瀬で苦労してるな、と思う。
「そうだな、全くもってその通りだ」
けれど僕は、こいつのこういうところが好きなのだった。
大瀬は、いつでも変わらない。
勝手に気を遣われて、望んでもいないのに同情されて、上から目線な感想を押し付けられる。それがいちばん気持ち悪いと思う。
卑屈で穿った見方だけど、でも、こういう人間が世の中には多いのも確かで、そしてそういう人間が苦手なのも確かだった。
それが嫌で人から離れていった結果、友達が2人なんて寂しすぎることになってしまったのだけれども……。
大瀬じゃない方の友達もそんな感じだ。いや、そんな感じというか……あの人はこういうのに定めづらいんだけど。
「まあ、なんにせよ気が向いてないなら今はいいや。面白そうだから気が向くまで毎日聞くけど」
「やめろよ、嫌われるぞ」
「やめませーん。やめて欲しいなら、人に深堀されたくないくらい嫌な事だったと訂正するから、金輪際聞かないでください大瀬様って謝るんだな」
ああ、もう、本当に救われた気分だった。大瀬がこうやって在るおかげで、僕もまだ強く在れろうと胸を張っていられる。対等でいられる。
大瀬は変わらないとは言いつつも、心配性な部分が大きい僕は、やっぱりどこか心配していたのだ。
下手に同情されて、気持ち悪くよそよそしい態度をとられて、挙げ句の果てに詳しく知りもしないのに訳のわからないアドバイスなんかをされるんじゃないかって。
でも、そんなことはなかった。大瀬は変わらない。大瀬は変わらなかったのだ。僕たちと違って。
「だけど、そんなに気になる? 面白い話でもないよ」
「そりゃもう気になる。だって今朝、15秒くらい電話越しで固まってたぞ。いつも飄々としてるお前がなぁ」
そんなにだったか。全然意識になかった。
しかし、それよりも、
「飄々となんてしているか? 僕」
「してるだろ。1人でいても元気だし」
自分を全くそんなふうには思っていなかった。
むしろ、飄々としているのは大瀬の方で、僕は常にオドオドしているイメージだった。
けど、大瀬が言うんだ。もしかしたらそうなのかもしれない。
いや、希望的観測だろうか……。そんなことを考えられるのが幸せだった。
「話変わるけどさ、テスト勉強はどうよ。再来週だけど……」
そうして僕たちは、しばらく話をした。
何にも変え難い、大切な時間だった。
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