第2話:相合傘。
(仲里さん・・・)そう思って、さりげなく彼女を見た。
そしたら彼女も僕に気づいて、こちらを見た。
僕を見上げる彼女のその憂いに満ちたあどけない面立ち・・・めちゃ可愛い。
それだけで僕は自分がダメ人間になりそうな気がした。
(・・・どうやったらこんな可愛い子が生まれて来るんだよ・・・)
仲里さんは僕のほうを見るのは見たが、すぐに顔を伏せた。
ここでも他の乗客が数名いるから、無理に話しかけづらいし、ましてや
僕の気持ちを告るなんてことは場違い・・・もしチャンスがあっても
こんなとこでは絶対告らない。
彼女と一緒になるのはバスを待ってるこのわずかな時間とバスの中だけ、
だけどお互い何も喋らない。
ふたりだけになるチャンスも、これまでだって何度かあったんだ。
でも僕はやっぱり仲里さんに声をかけることができなかった。
なんだかな・・・僕の思惑とはうらはらになにも変わることのない日々。
それぞれがバスに乗って、それぞれの家族のもとへ、帰るべき場所に
帰っていく・・・毎日をひとりひとりが申しわせたみたいに・・・。
僕のトキメキをよそにバスの窓から見える雨の景色はボヤけながら蜃気楼の
彼方に過ぎ去っていく。
バスのワイパーの変な音が気になって僕は我に帰った。
雨は降り止むどころかどんどん雨足を増していく。
こりゃ、バスを降りたらダッシュだなって僕は思った。
バスは商店街を過ぎ、住宅街を通って僕のマンションの近所の停留所に止まった。
僕は覚悟を決めてバスを降りようとしたその時、後ろから声をかけられた。
「あの・・・
よかったら私の傘で一緒に帰りません?」
「仲里さん・・・いいんですか?」
「いいですよ、これからびしょ濡れになる人を見てられないですもん 」
「いいのかな・・・」
「どうぞ・・・」
そう言って彼女は僕に傘を差し出した。
「あまり傘傾けたら仲里さんが濡れますよ」
「って言うか・・・クラスの連中とか、ここまでは来ないよな・・・」
「誰かいたらダメなんですか?」
「もしクラスの連中に見られたらなに言われるか・・・」
「別にいいじゃないですか・・・見られたって、悪いことしてる訳じゃ
ないんだし」
「コソコソするから怪しまれるんです・・・堂々としてればいいんですよ」
「そうですけど・・・じゃ〜遠慮なく・・・」
僕は差し出された傘の中に遠慮気味に入った。
(相合傘じゃないかよ・・・今までで一番仲里さんにくっついてる)
(わ〜肩当たってる・・・まじ焦る・・・)
(こんな近くで、絶対彼女の顔なんか見れない、まじで)
「牧村さん・・・身長おいくつあるんですか?」
「あ、はい?」
「背は?どくらいあるんですか?」
「え〜と175センチです・・・」
「あ、ごめんなさい、気がつかなくて、僕傘持ちます」
「大丈夫ですよ・・・」
「いや、いや、いや悪いですから・・・仲里さん手がダルくなりますよ
・・・僕が持ちます、傘・・・」
「大丈夫です」
「そんなことないです、マンションまでまだ遠いですよ」
「仲里さん絶対、腕がダルくなると思います」
「そうですか?・・・じゃ〜」
傘は仲里さんの傘でも、そこは男がエスコートするべきだろう。
で、僕らは小さな傘の中に仲良く肩を並べて雨の中を帰って行った。
「仲里さんありがとう・・・助かりました」
「今度から雨の日、わざと傘、忘れようかな・・・あはは」
「笑えませんよね・・・」
「もし忘れたら、今日みたいに一緒に帰ってもいいですけど・・・」
「わざと傘忘れたら、怒りますよ」
「はい、分かりました、わざと忘れないよう本気で忘れるようにします・・・」
「何言ってるんですか?・・・変な人」
「じゃ、おやすみなさい・・・牧村さん」
「はい、おやすみなさい・・・仲里さん」
「本当にありがとうね」
結局、相合傘の時間がたっぷりあったにも関わらず僕はなにも言えなかった。
どうしても好きだなんて言えないよ。
僕は仲里さんを見て以来恋の魔法にかかってるんだ・・・。
もし僕が彼女に告って、彼女から「いいよ」ってベストな返事をもらっても
「ごめんなさい」って断られても、この魔法は一生解けないんだろうな。
相変わらずため息しか出ないのは同じ。
以前は登校時でも挨拶すらできなかったのに、この相合傘がきかっけで
朝、彼女と顔を合わすと挨拶するようになったし、教室でも彼女と話す
ことができるようになった。
つづく。
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