第10話
「腹立たしいという気持ちはよくわかりますが、くだんの不動産屋には修繕をやらせなくてよかったと思いますよ」
「エルザもそう思ってくれる?」
ジャスナの額の皺が少し薄くなった。
「ケイトリンさんは色々と問題の多そうな方ですよね。ですがジャスナ、問題はあなたにもあると思っています。耳が痛いかも知れませんけれど、よろしいですか?」
真顔のエルザにジャスナは頬をひくつかせつつ頷いた。
「では遠慮なく」
「……お手柔らかにね」
エルザは「考慮しましょう」と頷いた。
「まずはジャスナ、あなたのライフプランはどう考えていらっしゃいますか?」
「……え……と?」
「あなたが後宮を辞されてほぼ一年になりますね。その間お仕事は?」
ジャスナは肩をすくめた。
「結婚の準備がメインになってて、職探しはおろそかにしてたから。でも紹介所には履歴書は出してあるわ。一度も連絡をもらえていないけど」
そうですか、とエルザは少し考えて「どのようなお仕事をご希望ですの?」と聞く。
「家庭教師よ。それ一択」
「家庭教師ですか?それはどういう方をターゲットにしていますの?」
「えッ?」
ジャスナが目を泳がせるのを見て、エルザは優しい笑みを浮かべた。
「この街に暮らしているのは労働階級の、単身世帯がほとんどですよね。土地代が高いので広い部屋だと賃料が払えない、でも城壁の外にまで出てしまうと城壁内部の職場に通うのに時間がかかり過ぎるでしょう?」
王宮の外、王都を七重に囲う城壁はひとつ抜けるのに二時間といわれる。
乗り合い馬車は城壁内部は無料だが、そのせいでいつも乗客が溢れて運行も乗り継ぎもスムーズにいかない。
「子供の教育に幾ばくかの費用を負担しても良いと考えるのは富裕層ですよ。この街に暮らしているとは思えません」
「そうね」
「富裕層が子供の教育に費用をかけるのは将来の利を見越してのことです。商家なら跡取りの能力によっては店など潰れてしまいますし」
「ホントそうよね」
「貴族なら社交界に出して恥ずかしくない教育をつけてなければ笑い者になります。所領持ちならば領地の運営ができなくては家が続きませんからね。家令に任せきりなんてお家もあるらしいですが、そうした家は長くは続かないでしょう。実例は枚挙にいとまがありません、ここでは省略しますが。王族にしても同じ。教育を疎かにすると国が滅びかねません」
「そう……なのね」
エルザの言葉に頷きながら、後宮時代を思い返す。幾つかの顔が浮かんだ。おそらくは二人して同じ顔を浮かべている。
「階級が上になるほど教育は重要です。親達は──大半の親は重要だとわかっていますから教師を選ぶ目はたいへん厳しいものになります」
エルザはジャスナの目を見つめる。
「それでジャスナ、あなたはそうした親達相手に自分をどう売り込みますか?」
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