第9話

「とにかく大変だったのよ、いや今も大変なんだけど」


先輩達と別れ自分の部屋へ戻ったジャスナはエルザにオレンジジュースをすすめた。


「新居の管理についてですか?」

「そう」

ジャスナは額に皺を寄せた。

「あの時は冬だったけど雑草は何度も何度も生えてくるでしょう。春から夏にかけては月に一度は刈らないと、現状維持もままならないから」

出費は馬鹿にならない。ケイトリンが払っているから正確な金額はわからないけれど。

「古い家だそうですが、修繕はどうなっていますか?」

エルザの問いにジャスナの額の皺は数と深さを増した。


王都から遥か彼方の荒れ地にぽつんとたたずむ、というかただ崩れずにいるだけの廃屋。

「お話を伺うかぎりでは、大規模な修繕が必要のようですから。素人の手に余りますよね。ここはやはり専門家の助力を仰ぐべきかと」

「それなんだけれど」

ジャスナはさらに眉をひそめた。


問題の新居は不動産屋にすら正確な築年数のわからないあばら家、もとい古民家である。

その様式から百年は経っているだろうとのことだった。



「このままで引き渡されても困りますッ、私達に家を建て直す技術があると思ってらっしゃるの?」

「ですがご覧の通りの年代物でございまして。当社にはこの物件の修繕に必要な技術者が在籍しておりませんので。まことに申し訳ございません」

半ば喧嘩腰のジャスナに対し、不動産屋はこれっぽっちも申し訳なく思ってない顔と声で頭だけ下げた。

「この点につきましてはご主人さまには御納得いただいておりましてですね」

「そうだよ、ジャスナ。こちらは修繕は専門外だとおっしゃっ」

「主人が納得していても、私は納得していませんし、する気もありませんわッ」


ボコッと湿気た音がして壁の一部が抉れた。

ジャスナが握りしめたままのドアノブが、振り回されて壁に叩きつけられたのだ。

見る間に不動産屋が青ざめた。

ジャスナが想像の中では自分の顔面を殴り付けたのだと気付いたのだろうか。

少しだけ溜飲を下げて心の内で呟く。お前の顔面なら一撃ですましたりしないわ、と。

「奥さ──」

「ジャスナ、そんなモノ振り回したら危ない。怪我をするよ?」

不動産屋の顔色にもジャスナの殺気にも気付かないケイトリンが危機感の全く無い声を出す。

あんたはホントに軍人か?とジャスナは胸の中だけで突っ込んだ。見れば不動産屋も唖然としている。この間抜け面の詐欺師に良いように丸め込まれたかと思うと尽きぬ怒りが沸き立って来るのがわかった。


「あ~あ、ここも穴が開いちゃったね」


無尽蔵かと思えるジャスナの怒りにケイトリンが火を付ける。

不動産屋の顔色は青を通り越して白くなった。

「で、ではわたくしは次のか、お客さまとの約束がございまして」

お先に失礼いたします、の部分は廃屋の外から聞こえて来た。

「あの速さならお隣まで十分もあれば着くわね、歩いているわけではないけど」

なるほど、詐欺師といえどまったくの嘘でまかせばかりではなかったらしい。

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