第8話

「命をお金に換算しますか」

エルザは胸の前で指を組み、目を閉じた。彼女は現在孤児院を運営している。

「修道女サマは御不満かしら──でも」

ジャスナの話を頷きながら聞いていたミスリルがエルザを見た。

「いえ」

エルザは椅子の背もたれに身体を預けると目を開いた。

「人命を金銭的価値で図るのは神の教えに反するのは明白です。命は尊く何物にも換えがたい、いえ換えられないし、換えてはいけない。けれど喪われた命を金銭で購う事で救われる者が居る──これも明白な事実ですから」

親の命の代償に金銭が支払われれば棄てられる子供が減る。エルザはそう言ってまた目を閉じた。

「戦争の最中と戦後は孤児が増えるというわね」

ミスリルがゆったりと煙を吐く。

「おっしゃる通りです。わたくしとアンナも先の内戦の際に孤児となったようですし」

「そうだったわね」

ジャスナは今ここにはいない同期を思い浮かべた。

同期のアンナは暮らしていた孤児院がたちゆかなくなって娼館に売られたところを名も知らぬ篤志家に買われて後宮の下働きに送り込まれたと言っていた。

エルザは孤児院を支援していた豪商の養女となって後宮で働くことになったのだ、と言った。

二人とも自分の家族のことも、本当の名前も、産まれた場所もわからないくらいの幼さで孤児になった。それでも後宮の侍女なんて働き口を得ている。恵まれている、と自分達のことを言っていた。


彼女達の暮らす国──エークレット王国は半世紀ばかり争乱が絶えない。

エルザとアンナが孤児になった原因の内戦は二十年前から足かけ七年続いた。

第二王子と第三王子の王座を巡るいわゆる骨肉の争い。国内が真っ二つに分かれ激しい戦闘が繰り広げられた。どれほど激しい戦いかと言うと、貴族や騎士団、富農や豪商が二派に分かれた。だけでなくそれぞれも親子兄弟、本家や分家に分かれ殺し会う始末。

戦いは第三王子が勝利し、第二王子派は国外へ逃れた、大半は。

貴族の中には領地ごと王国エークレットから離反してしまった者もいた。

もちろん王国はそんなの認めないから今度は国境を巡る紛争が各地で勃発。そこへ王太子だった亡き第一王子のお妃様の実家である北のロクスタリヤ王国が第二王子派を支持して攻め入って来たのだ。

勝ち目の薄い戦いに幕引きを図るため第三王子は息子に譲位。後ろ楯だった王后は神殿へ幽閉となった。

現在の王は父王と違って周辺国と上手くやっている──


「本当にそうでしょうか?」

エルザの声がジャスナを現実に引き戻す。

「どういう意味?」

「近隣国との関係です。エークレットから離反した領主達とは最悪、ロクスタリヤ王国とも最悪、第二王子の亡命しているシラクサ大公国とも最悪。いつ何処から攻め込まれても驚きません」

「やだ、エルザ。怖いこと言わないで」

パティが睨むが、エルザは気にする様子もない。

「エークレットは内陸の国です。周囲は他国どこかと繋がっている。外交は命綱ですが隣国と国境を接した領地を抱える貴族に対しても、同等かそれ以上の配慮が必要でした」

第三王子──前王とその母后は諸侯への配慮は皆無だった。

ついでに言うなら先々代の国王もやたら負け戦の好きな方で、在位中に国土を三分の一、減らしている。

「そういや国境沿いの領主で離反しなかった方はひとりもいないわね」

「残っているのは御家騒動で割れて、前王派が居座ったところだけです」

レスリーにエルザが相槌を打った。

「けど残った方々は、今の陛下を支えると思」

「何寝言言ってるの」

「ないわね」

「ありえないね」

「ないなぁ」

「目を覚ましてください」

ジャスナの言葉を皆が口々に遮る。

「この国の王への忠誠心なんて水たばこの煙よりも儚いですよ」

エルザがトドメを刺す。

「それってさすがに不味くない?」

不敬罪とかにならないの?個室でよかったと思う小心者のジャスナだった。

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