第7話

「だから言ったじゃないの、軍人なんか駄目だって。連中はね、妻のことなんて定額制で抱き放題の娼婦くらいにしか思ってないのよ」


艶のある唇をすぼめて毒と紫煙を吐き出したアリアンが笑う。

王都でも屈指の老舗ホテルのオーナー夫人だけあって、仕草のひとつひとつはエレガントで目を奪われてしまう──発言の内容に優雅さの欠片もないのはご愛嬌だ。


パティとレスリーは笑いを噛み殺して紅茶碗ティーカップを口に運び、ミスリルは顔色ひとつ変えずに煙草に火を着ける。

エルザは相変わらず感情の読みにくい微笑を少しだけ曇らせた。


ジャスナがケイトリンと結婚して百日目。

ジャスナは王都──王宮を取り巻く七重の城壁の、王宮から数えて四番目の城壁の外の街に居た。


佇まいは昔ながらの貴族の応接室のような個室が売りの喫茶店ティールームは女性だけでも水たばこを楽しめるうえ、お値段も比較的手頃というので後宮勤めの頃に城外へ出る時はよく立ち寄ったものだ。

その思い出深い場所で、かつての同僚とお茶していた。

集ったのはジャスナを含めて六人、うち同期はエルザひとり。

あとは人生の先輩のお姉さま方だ。


「ウウッ、でもおばあちゃんがどうせ戦死するんなら恩給の出る軍人がいいぞって言ってたから」

それに、とジャスナは小声で付け足す。ケイトリンは初恋の人で初めての相手でもあった。

アリアンお姉さまの一言の毒に当たってテーブルに突っ伏したまま呻くジャスナの頭をパティが優しく撫でる。

「初恋の相手と結婚ねぇ。頭の中がオトメお花畑のままだと結婚生活辛いよ?後宮しょくばにも居たでしょ、結婚式の延長で夢見心地のまま結婚生活じごくに突入して離婚うちじにしたのが」

煙を吐きながらミスリルはぬるい視線をジャスナに向ける。

「でもさあ、結婚相手に戦死が前提条件ってどうなのよ」

紅茶碗ティーカップをテーブルに戻したレスリーが眉をひそめた。

「だってまた戦争があれば男手は兵士に取られるからって──ウチ、両親とも前の前の戦争で親を亡くしてるの。父は父親を、母は両親を。無理矢理戦争に引っ張っていかれたのに、死んでも軍人じゃないからって、一円も払ってもらえなくて生活大変だったから、どうせなら戦死したらお金になる人を選びなさいって」

おばあちゃんの遺言なの。そう言ってジャスナはツン、と鼻をすすった。


常々ジャスナに言い聞かしていた祖母の夫は獣医だった。馬に乗れるからと軍医として最前線に押し出され、狙撃されて亡くなった、らしい。祖父の居た部隊は全滅し、亡くなった場所は今は他国領なので骨はおろか遺品ひとつ戻って来なかった。

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