第5話

「これのどこが小屋なのッ」


ジャスナが叫んだ。声がかすれていたのは、砂埃が舞っているせいだろうか。


「王都の貧民窟スラムにだってこれよりマシな建物があるわ」


叫んで、ジャスナは肩で息をしている。王都を出発して以来、ほとんど聞くことのなかった彼女の声が聞けて──たとえそれが怒りにまかせて叫んだのだとしても。

嬉しいと感じるケイトリンだった。



僕とジャスナは同い年で同じ村の出身、いわゆる幼なじみだ。

生まれはジャスナのほうが三ヶ月ばかり早い。

子供の頃はずっとジャスナを見上げていた。

彼女は家族皆が背が高く、僕はひとつ下の子よりも背が低い。

村に同年の男の子は八人いたが、その頃の僕は彼らの仲間に入れてもらえず、はっきり言えば仲間はずれに、苛められていた。二つ上の兄も僕を助けてはくれない。

彼女はジャスナは、そんな僕をいつも助けてくれた。四人姉弟妹よにんきょうだいの長女のジャスナにとって、身体の小さな僕は守るべき弟分だったのかもしれない。

でも実の兄さえ見て見ぬ振りをするなか、彼女は僕にとっての天使だ。

いつしか僕は彼女に恋をしていた。初恋だった。


僕の生まれた村は王都の南東の丘陵地帯。国境となる山間部への通り道だ。

産業は農業に狩猟、林業。国境の砦への物資の運搬。

土地は痩せているし狩猟も林業も許可制で、砦の守備隊と取り合うから得物が少ない。物資の輸送はまとまった金額が確実に支払われる反面、主要な働き手が複数、十日近くも村を離れてしまうのが難点だ。

その間、村は留守を預かる老人と女子供、数人の男だけになる。その男達も日中は山に森に仕事に出かけてしまう。

実際、大黒柱の留守の間にいろんな事件が起きている。

野獣の襲撃、破落戸紛いの訪問販売、怪しげな教義を説いて回る宗教家に、自称爵家の三男坊の色男。

野獣や訪問販売には針鼠のように村中結束して立ち向かえても、宗教家や色男はそうはいかない。

母は僕が三歳の時、北の国の公爵家の庶子を名乗る男と村を出て行った。

兄が僕に冷たいのは、記憶の中のその男の面影を僕に重ねているからだろう。


子供達の大半は十歳になるまでに村を出ていく。

余裕のない貧しい村には跡取りの長男以外の居場所はない。

僕もジャスナも、九歳の誕生日の後、それぞれ村を出た。

ジャスナは王都に。僕はちょうど新兵の勧誘に来ていた男達に勧められるまま軍に入った。

小さくて体力も人並みだっ入隊すると知って、家族も村の大人達も驚いていた。

僕はジャスナを守れる大人になるのだ。


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