第3話
「新生活にぴったりの家を手に入れたんだよ、ジャスナ。これから見に行こう」
婚姻届を出し終えた教会の前で、ケイトリンはジャスナに言ったのだ。
これがとんだサプライズだった。
サプライズというかハプニングだ──ジャスナにとっては災害だった。
確かに教会には朝一番に出掛けた。
教会は王都の城下町にあった。
ジャスナが借りている部屋から三時間くらいの──まあこれだって一日がかりのお出掛けだ。
お祝いにちょっと張り込んだ食事をして、記念の指輪を買いに行って、新居を探そう、と予定をたてていたし、ケイトリンもそれは知っていたはずなのに。いや、知っていた。
お店を選んだのは他ならぬケイトリンなんだから。
それがなぜ。
宝飾店でなく、お洒落なレストランではなく。
二人きりで過ごすジャスナの部屋でもなく。
王都を離れる人ですし詰め状態の乗り合い馬車なんかに。
乗り合い馬車に揺られ、乗り換え、また揺られ。
日は落ち日は昇り、また落ちて。
七日目の昼前になって、ようやく。
ケイトリンの言う『僕達の新居にぴったりな』『きみの望みにぴったりな』家にたどり着いたのだ。
途中から合流した不動産屋の言う『王都郊外の閑静な住宅街』は、なんと隣の家まで早足で歩いても徒歩十分はかかる。
現役軍人のケイトリンが歩いてようやく十分をきるくらい。一緒に歩いた不動産屋は息を切らせてもその速度に付いていけなかったし、ジャスナは最初から歩きさえしなかった。
道は獣道かってくらい細く荒れていて、王都の教会へ婚姻届を出しに行くための特別な装いでは踏み入る勇気を持ち合わせていなかったのだ。
もっともその特別な装いもここまでの強行軍で薄汚れ、上品さも可憐さもどこかへ消し飛んでいたが。
自分は十分で歩けやしなかった癖に、不動産屋は馬なら三分きりますよ、と得意気に言い、ケイトリンも、そうですね三分あれば余裕でしょうと頷いていた。
こんな荒れ道じゃ馬だって全力では走れんわ、とジャスナは思う。
そもそも近所付き合いに馬が必要な場所を郊外と呼んでよいのだろうか。
不動産屋はこうも言った。
今はまだ家はまばらですが、いずれこの辺りも都市部から若い世帯が子育てに適した環境を求めて移住してくるようになると思いませんか?と。
私に同意を求めるな。このクソ厚かましい不動産屋め。
ケイトリンもケイトリンだ。
そんなに故郷がいいなら一緒に故郷に帰ろうよ。故郷の村で暮らそ。
ここなら子供ものびのび育つね、じゃねぇんだわ。
学校は馬車で三時間、病院は二時間。砦の簡易診察所が一番近い。
こんなとこでのびのび子育てなんて有り得なくないか。
子供なんて怪我して病気して大きくなってくもんだぞ。
私達だって擦り傷、切り傷、たんこぶに青あざ、いっぱい作って大きくなったじゃないか。忘れたの?
ケイトリンと不動産屋は意気投合して、何が楽しいのかお互いニコニコして叢をかき分けて行く。この先に新居があるらしい。
男ふたりの背は高からず低からず。叢には彼らを隠すほど丈高い雑草が生い茂る。
付いていきたくはないが、ひとり取り残されるのも嫌だ。
砦は(馬車で二時間ほど先に)あるが治安がいいとは限らない。こちらは砦の内側で砦は
ジャスナは意を決して叢に足を踏み入れる。
飛び立つ飛蝗に驚き蜘蛛の巣に悲鳴を上げ、蔦に靴を盗られそうになりながらのジャスナ決死の行軍はものの五分で終了した。
目の前に在るのは──
「──小屋?」
「僕達の新居だよ」
「古民家です、掘り出し物ですよ」
「古民家?」
「ご存知のように古民家をリノベーションして新たな価値観を見出だすというのが王都でお仕事をお持ちの中流階級以上の皆さま、特にお若いカップルに人気でして」
「これのどこが小屋なのッ」
得々と続ける不動産屋の営業トークを遮ってジャスナは小屋と呼ばれたモノを指し叫んだ。
「王都の
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