第2話
それは七日前のこと。
「新生活にぴったりの家を手に入れたんだよ、ジャスナ。これから見に行こう」
見惚れる笑顔でケイトリンが言った。
ジャスナは
挙式の算段はいまだついてなかった。
ケイトリンは辺境勤務でジャスナは王都。
当然結婚準備はジャスナひとりの肩にかかる。
そのジャスナも後宮勤めで、気軽に職場と街中を行き来できる身ではなかった。
退職前に出来たことは王都での仮初めの住まいの確保だけ。
王都に暮らす人々は──一般庶民は馬も馬車も持てない。土地代が
絶対数が少なく、国内の全ての馬を王家と王国軍が占有している。
農耕に使われるのは牛か驢馬だ。ジャスナの故郷の村では驢馬が使われていた。
貴族や豪商は独自に輸入して自らの足を確保するのだ。
そのため王都といえども庶民の移動は基本徒歩。あるいは乗り合い馬車。とにかく移動に時間を盗られる。
そのうえ午後六時に王宮を含む各城門が閉じられるため、公的期間も商店も併せて営業を終了する。この後も営業を続けるのはいわゆる盛り場だけだ。
十年近く後宮に勤めていたジャスナも、王都のこうした事情に疎く、結婚式の、まず自身の新生活の準備も思うようには進まない。
予定では退職前に次の仕事を決めておきたかったのだが。
それでは先に婚姻届を出してしまおうと、ケイトリンの休暇に合わせて王都アイゼラのゼイラス教会へと向かった。
早朝に部屋を出たが、教会は混みあっていて、届けを出し、司教の祝福と承認を受けて外へ出た時にはもう少しで正午の鐘が鳴るところだった。
「思ったよりも時間がかかったけれど、ちょうどお昼時だからどこかで食事にしましょう。不動産屋も宝飾店も二時まではお昼休みだし。それとも今日はもう部屋に帰る?」
一度部屋に戻るとなると(三時間くらい)時間のロスになるので、ジャスナとしては予定通りに指輪を買いに行って、新居探しをして、もしめぼしい物件があれば現地へ見学に行く算段をつけておきたい。
それからケイトリンとお祝いの
そのつもりで清楚な中にも華やかさを添えた刺繍とレースのワンピースを選んだのだ。
「それなんだけれどね、ジャスナ」
タキシード姿のケイトリンがダークグレーのピーコートを羽織りながら言う。
見慣れた軍服姿と違って、ケイトリンの端正な顔立ちが映える。子供の頃、村一番の美少女と呼ばれていたこともある優美さと軍隊暮らしで身に付いたのであろう精悍さが絶妙な配分で両立してジャスナはうっとり見とれてしまった。
「僕達の新居を見に行こう──きみを驚かせようと思って内緒にしていたけれど、新生活にぴったりの家を手に入れてあるんだよ、ジャスナ」
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