第37話 急成長したんだけど……


「……知っている天井だ」


 要するに……自室の天井である。

 どうやら、また日本に戻ってきたようだ。

 こうも頻繁に異世界と日本を行ったり来たりしていると、夢の現実の境界が曖昧になってきそうだった。


「鑑定」


 これが現実だと確かめるため、スキルを発動させてみる。

 すると目の前の物体……つまり、天井についての情報が表示された。


―――――――――――――――

天井(軽度老朽化・軽度破損)

 築二十年の家屋の天井。

 一週間前より白アリ被害を受けており、徐々に破損が進行している。

―――――――――――――――


「え? ウチって白アリ被害受けてるの?」


 とんでもない事実を知ってしまった。

 いや、早い段階で気がつくことができて、ラッキーだったと見るべきか。


「父さんに伝えておこう……それよりも、スキルはちゃんと使えるみたいだね」


 他のスキルも試してみよう。

 身体強化のスキルを使ってみると、身体に力がみなぎっている感覚がある。

 ベッドから立ち上がって、ボクシングのマネをしてジャブをしてみる。

 鋭い風切り音がして、凄まじい速度で拳が繰り出された。

 今の自分であれば、世界だって獲れるかもしれない……自惚れではなく、本気でそう思った。


 異世界での種族進化も、現実世界にちゃんと反映されているらしい。

 そうなるときになってくるのは、変身と飛行のスキルである。

 今の状態で変身を使ったらどうなるのか。

 飛行を使ったら、翼がないのに飛べることができるのか。


「それと……神の加護か」


 魅了の力を発動させたら、自分は一体どうなってしまうのだろう。

 興味深いような、恐ろしいような気分である。


「とにかく……学校に行くか」


 琥珀は溜息を一つ吐いてから、制服に着替え始めた。


 今日はある意味では、特別な日だ。

 遅刻をするわけにはいかない。

 まだ時間に余裕はあったが……それでも、手早く朝の準備を済ませる。


「琥珀ちゃん、大丈夫?」


「……無理しないようにな」


 着替えを済ませて階下に降りると、両親が揃って気遣わしげに接してくる。


 二人がこうも心配しているのは、今日から琥珀が新しいクラスに配属されるためだった。

 クラスメイトが行方不明になってから、琥珀はずっと自習室で独り勉強をしている。

 しかし、今日から同学年のクラスに配属され、新しいクラスメイトと一緒に授業を受けることになるのだ。

 琥珀がクラスで苛めを受けていたことは、他のクラスにも知れ渡っている。


「大丈夫だよ、二人とも。もうクラスメイトはいないんだから」


 琥珀は二人を安心させるために笑顔を見せる。


 新しいクラス。

 新しい人間関係に不安がないと言えば、嘘になる。

 しかし、今の自分ならば上手くやられるだろうという自信もあった。


 どれだけ、恐ろしい不良がいたとしても……あのワームより強い奴はいない。

 クラスの男子の中に、女湯に入ったことがある者がいるか。

 ヘリヤのような美少女に抱きしめられ、同衾した者がいるか。

 複数の女子に代わる代わる、ご飯を食べさせてもらった男がいるだろうか?


(いや、いないね)


 間違いなく、新しいクラスの男子に自分よりも強くて経験豊富な人間はいない。

 恐れるものなど、何もない。


「そんな顔しないでよ。心配しなくても大丈夫だから」


「琥珀ちゃん……」


「そうそう。ウチの天井に白アリいるみたいだよ。業者を呼んで駆除してもらった方が良いんじゃない?」


「「ええっ!?」」


「行ってきまーす」


 驚いている両親に手を振って、琥珀は玄関の外に足を踏み出した。

 進化して種族が変わったせいだろうか……妙に心が弾む。生まれ変わったような気分だ。


「よし……いくぞ!」


 琥珀は新生活への覚悟を決めて、学校に向かって駆けだした。

 その明るい表情は、少し前まで引きこもりのニートをしていたとは思えないほど輝いていたのである。

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