第36話 もはやペンギンではない


「ピイイイイイイイイイイイイイイイイッ!」


(これが……今の僕の力なのか?)


 氷をまとって空を飛びながら、琥珀は自分の身に起きた変化に驚愕していた。

 身体から放たれる強烈な冷気。

 今の琥珀に迂闊に触れようものなら、一瞬で氷像に変わってしまうだろう。


「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」


「ピイ」


(吠えるなよ、デカブツ。もうお前に捕まったりしない)


 下でワームが高々と鳴いている。

 降りてこいとでも言いたげであったが、もちろん、下に行ってやる義理はない。


「ピュイ!」


(フロストバースト!)


 空を飛びながら、氷の息吹を吹きつける。

 先ほどよりも遥かに強力になった冷気によって、ワームの身体の一部が凍りつく。


「GUOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」


 ワームが空に向けてブレスを吐いてくるが、当たりはしない。

 軽やかに翼を動かし、宙返りして炎を回避する。


(フロストバースト!)


「GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOO!?」


 炎を避けながら、何度となくフロストバーストで攻撃する。

 アタック・アンド・アウェイという戦法そのものは変わっていないが、先ほどまでとは効率が段違いだ。

 ロケットのような勢いで飛行しながら天を舞い、強力な息吹を吹きつける。

 目に見えてワームにダメージが蓄積していき、弱っていくのがわかった。


「GUOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」


「ピイッ!」


(お前は何が何でも、ペンギン形態の僕を殺さなくちゃいけなかったんだ。幼体の僕を殺せなかった時点で、君は負けているんだ)


 どんどん弱っていくワームを見下ろして、琥珀は同情混じりにつぶやいた。

 圧倒的格下であったはずの相手が急に覚醒して、格上だったはずなのに敗北する。

 バトルマンガのようなご都合主義な展開だ。

 ワームの側からしてみれば、さぞや理不尽であるに違いない。


(だけど……お前は僕を殺すチャンスがあったんだ。何度も何度も。そのチャンスをものにすることができず、殺しきれなかった時点で負けている)


「GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」


(だから……これで終わらせる! お前に反撃の機会を与えはしない!)


「ピュウウウウウウイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!」


 フロストバースト。最大出力。

 全魔力を冷気の息吹に変換して、全身全霊でワームに叩きつけた。

 ワームの巨体が氷の柱に変わっていく。

 ワームを中心とした草原一帯が氷河期のようになっており、そこにあった植物も大地も氷の世界に閉ざされていた。


「ピイッ」


(終わりだ……リベンジ完了!)


 くちばしでワームを小突くと、氷像が粉々に砕けた。

 ダイヤモンドダストのような氷の粒が太陽の光を反射して、キラキラと幻想的に輝いている。

 草原の主であったであろう強大な怪物。

 その死にざまの姿は、不思議なほどに美しかったのである。


「キュッ……!?」


 直後、琥珀の身体が地面に落下する。

「ポンッ」とシャンパンのコルクが抜けたような音がして、コンドルのような鳥の姿からペンギンに戻ってしまった。


(戻った? どうして?)


 琥珀は怪訝に思いながら、ステータス画面を呼び出した。


―――――――――――――――

水島 琥珀(アンバー)


年齢:16

種族:人間(フロストフェニックス成体)

職業:ヘリヤ・アールヴェントの召喚獣

召喚回数:7


レベル 1→6 UP!

体力 A

魔力 A+

攻撃 A+

防御 B

速度 A+

器用 A

知力 A

魅力 A


スキル

・異世界言語

・変身 NEW!

・フロストバースト(強)UP!

・スパイラルショット(中)NEW!

・飛行(中)NEW!

・気配察知

・ヒーリング(中)UP!

・鑑定(人間・魔物・アイテム)UP!

・身体強化 NEW!

・精神強化 NEW!

―――――――――――――――


「キュッ!?」


 ステータスのほとんどの値がA以上になっている。

 おまけにAのさらに上があるようで、「+」がくっついていたりもした。


(新しいスキルもたくさん覚えてるな……まずは『変身』)


 どうやら、そのスキルは先ほどの姿……『成体』に変身することができるスキルのようだ。

 すでに種族欄の表示が『成体』になっているのに、どうして変身しなければその姿になれないのかは不明だが。


(フロストバーストとヒーリングの力も上がっているね。身体強化と精神強化はそれぞれに該当するステータスを一時的に上昇させるもの。スパイラルショットというのは戦闘時に使用できる技みたいだ)


 機会があれば、試してみよう。


(鑑定も成長しているね。人間だけじゃなくて、魔物とアイテムを鑑定できるようになった。これも機会があったら試して…………ん?)


 少し離れた場所、粉々になったワームがいたあたりに何かが落ちていることに気がついた。


「キュイ?」


(これは……宝玉的なのか?)


 そこにあったのは野球ボール大の赤い玉だった。

 キラキラと光っており、いかにも貴重なアイテムっぽい雰囲気を漂わせている。


(そうだ……さっそく、進化した鑑定スキルを試す時だ!)


 琥珀は宝玉に向けて、鑑定を発動させた。

 すると、目の前に次のような説明文が表示される。


―――――――――――――――

神威の聖玉(赤)

 神の試練によって生み出された魔物を討伐した証。

 この宝玉を取り込むことによって、神の加護を授かることができる。

―――――――――――――――


(神の加護……?)


 説明文を呼んでもわからなかったが……とんでもなく貴重なアイテムであることだけは、ハッキリとわかった。

 本来であれば、ワームはこの階層には出てこないモンスターだと、シャーロットが言っていた。

 もしかすると、ワームの存在と神の試練とやらが関係あるのだろうか?


(考えても仕方がない。とりあえず、これを持って…………ええっ!?)


 宝玉に触れると、途端に砕け散った。そんな強く持ったつもりはないというのに。

 焦る琥珀であったが、赤く輝く破片が琥珀の手の中に吸い込まれていく。


(な、何だ!?)


 身体に違和感があったので、もう一度、ステータスを表示させる。

 すると、スキル欄の一番下に『神の加護(魅了)』というものが追加されていた。

 魅了というのは、ライトノベルにおいて悪役や邪悪な勇者が使うスキルだが……まさか、こんなものを覚えてしまうとは。


「キュ……?」


 すると、いつかのように意識が遠ざかっていく。

 自分の意思とは無関係に地面に倒れてしまい、そのまま視界が黒く染まっていった。

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