第38話 ペンギン、調子に乗る


 軽やかな足取りで町中をかけていき、琥珀は学校に向かっていった。


 イジメられて、登校拒否になって。

 部屋に引きこもって、さんざん親に迷惑をかけて。

 そんな琥珀が今は飛ぶような勢いで、嬉々として学校に向かっている。

 自分自身の変化に、琥珀は誰よりも驚いていた。


(自分が変われば、世界も変わるか……)


 周りの景色が輝いて見える。

 風景に変化があったわけではない。

 琥珀の心が変わったから、周囲が違って見えているだけだろう。


 フロストフェニックスの成体に進化して、ワームという圧倒的な強敵を撃破した。

 琥珀はその大金星に浮かれており、まるで生まれ変わったような気分になっているのだ。


「ん……?」


 しかし、通学路があと半分というところで、ご機嫌な気分に水を差される。

 通学路から少し外れた裏路地の向こう……そこに不穏な気配があることに気がついたのだ。


(気配察知のスキルが発動したのか……いったい、誰が争っているんだ?)


 感知したのは険悪な気配。

 誰かが言い争っているような雰囲気である。

 いつもだったら関わりにならないように避けて通るところだが、その日はテンションが高かったこともあって、琥珀はついつい路地裏に吸い寄せられてしまった。


「……お願いします。通してください」


「おいおい、つれねえことを言うんじゃねえよ! 傷ついちまうだろうがよ!」


「そうだそうだ、篠原先輩が誘ってやってんだぞ!? 感謝しやがれ!」


 裏路地の奥では、一人の女子を複数の男子が囲んでいた。

 髪の長い女子は明らかに嫌がっている様子だ。見慣れた制服姿であり、琥珀と同じ学校の生徒であるとわかる。

 女子を囲んでいるのは、同じ市内にある男子校の制服を着た男達だ。

 人数は五人。だらしなく制服を着崩しており、いかにもな不良といった雰囲気である。


「何度も誘ってるのに、返事もしてくれねえとは冷たいじゃねえか。お前には人の心とかねえのか?」


 五人組の男達、そのうち特に大柄な男が女子生徒を恫喝する。


「……何度も断りました。お願いだから、私に付きまとわないでください」


「付きまとうって……まるで俺がストーカーみたいな言い草だな! 名誉棄損で訴えんぞ!?」


「テメエ、篠原さんに失礼なことを言ってんじゃねえよ! 女だから殴られねえと思ってんのか!?」


「ここでマワしてやってもいいんだぞ、ああっ!?」


「…………」


 会話から察するに、あの大柄な男子……篠原は女子生徒にアプローチを仕掛けており、断られたのだろう。

 それを逆恨みして、手下を引き連れて彼女を路地裏に引っ張り込んだというわけか。


(このまま放置しておけば、暴行事件に……あるいは、性犯罪に発展しかねないな)


 すでにその一歩手前まで来ている。

 その女子生徒の命運は風前の灯火だった。


「……仕方がないな」


 無視していくのも寝覚めが悪いし、ここはお節介でもさせてもらおう。

 以前の琥珀であったならあり得ないことだが……あの女子生徒を救出することにする。


「力加減には気をつけないと……な!」


 琥珀は身体強化スキルを発動させ、走り出した。


「え……グオッ!?」


 振り返った不良の腹部に攻撃する。

 殴るというよりも、触れて押し込むような一撃。

 かなり手加減をしての攻撃だったが、それでも不良の一人が身体を「く」の字に折って地面に倒れる。


「何だ!?」


「誰だテメエは!?」


 残り四人。

 相手が反撃してくるよりも先に、二人目、三人目の顎を横薙ぎに叩く。

 脳が揺さぶられたのだろう……二人の不良が同時に崩れ落ちる。


(マンガとかでよくあるやつだけど……上手くいったな)


「この野郎!」


 四人目が殴りかかってきたが……その動きは驚くほどゆっくりとして見せた。

 眠っていても避けられると言えば言い過ぎだが、こんな遅いパンチに当たる方が難しい。


「キュイッ!」


 攻撃を回避して、首の後ろをトンッとやってみる。

 四人目の不良が前のめりになって倒れて、そのまま昏倒した。


「動くんじゃねえ! この女が見えねえのか!?」


「ヒッ……!」


 最後の一人……篠原が女子生徒を羽交い絞めにしており、右手でナイフを構えている。

 この男は彼女に告白していたはずなのだが、なりふり構う余裕がなくなってしまったのだろう。


「これだから嫌だよね。モテない男ってのは」


「動くんじゃねえぞ! 少しでも動いたら……」


「フロストバースト」


「ただじゃすま……ギャアアアアアアアアッ!?」


 ナイフを持っている右手が凍りついた。

 篠原があり得ない事態に錯乱して叫んでいる。


「キュウッ!」


 混乱している隙に懐に飛び込んで、悪漢の手から少女を救出。ついでに腹を一発どついておく。


「グハ……」


 篠原が倒れて、動かなくなる。


「あ……」


 救出された女子生徒が座り込んで、呆然とした様子で琥珀のことを見上げてくる。


「貴方は、いったい……?」


「とうっ!」


 何か詮索をされるよりも先に、琥珀は宙に高々と飛び上がった。

 飛行スキルを発動。

 どうやら、翼がなくてもこのスキルは使えるようだ。

 塀を飛び越え、屋根を飛び越え、琥珀は大空に向かって飛び立っていった。

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