序ノ廻ノ転 中ノ編
ところ変わってぼくは教会直属の病院「サンタマリア病院」へと訪れていました。左利きに今日の晩御飯の支払いを押し付けて、ここまでやってきたのです。カレーの入った紙袋を抱え、ぼくはある病室までやってきました。病室の前にある札には、「マリア・シエルフィールド」の名が。……ここに彼女がいるのです。
「こんばんは、マリアさん」
ぼくがそう言いながら引き戸を引くと、中にはもう先客がいらっしゃいました。
「おお、おつかれちゃん」
銀髪の美女。という印象が強いですね。胸元を大胆に開き、長い髪が跳ねまくってボサボサ。全く、女性としては60点です。そんな彼女は、ぼくの師匠でもあり、育ての親でもあり、上司でもあり。……名前は「ガブリエル=ラ・ピュセル・サ・ザカリヤ」。なんでも、若い頃は教会騎士でブイブイ言わせてたらしく、教会騎士でも特に功績を残した上位の勲章「ラ・ピュセル」を教皇様から賜ったそうです。教皇様にため口で話せるくらいの関係のようですが、その詳細は……謎です。とにかく、上の上のそのまた上の……よくわからんですけど、とにかく上の立場らしいです。すごいですよね。
「おつかれやまです、師匠」
「ん、このにおいは、カレー……あ、もしかして「マハロガネーシャ」のやつ!?」
「これはマリアさんのです」
ぼくがそう突っぱねると、師匠がガッカリしながら肩を落としていました。
「マリアはまだ起きないぜよ。だから私がもらっても構わんだろう?」
「ダメです」
「はふぅん」
師匠がよだれを垂らしながらカレーに手を伸ばしてきましたが、僕はそれをスパンと叩き落とします。師匠は手の甲を撫でながら、「おーいた」と笑っていました。
「いやはや、まだ起きないねぇ」
「そりゃあそうでしょう。人は銃に勝てません」
「……御最もだなぁ、ハハハ」
師匠が椅子にもたれかかり、目の前を見やります。
白いベッドの上にはたくさんの管に繋がれて眠っている、マリアさんの姿が。くすんだ金髪は毎日洗ってもらっているからか、ちゃんとつやつやです。だけど瞳は閉じたまま……口にも気管挿管を装着されている姿は、とても痛々しく思います。こうしてみると、本当に眠ったままにも思えます。今にも目覚めそうですが……。
「師匠、明日はラプソン閣下の誕生パーティーだそうです」
ぼくは師匠の顔を覗き込んでそう言うと、師匠は明らかに嫌そうな顔をしました。
「あぁ、知ってる。
「知り合いですか?」
「アカデミーの頃の同級生だよ。何かと鼻につく奴だったんよねぇ。試験結果を見せびらかして、勝手に敵認定して一方的に喧嘩売ってきてさァ。貸した37フラン、まだ返してもらってねーし」
師匠の様子から、仲は最悪だったんでしょうね。
「ヨハンソンから聞いたけど、あいつ殺されるんだってな」
「はい。まだ予定ですし、犯行予告もありません」
「じゃあ死ぬんじゃね。あいつ、そこらへんに敵がいるし、呼吸してるだけでもムカつく~とか言われて殴られそうになったらしいしさ。……まあ、そう言うわけで私はパーティー参戦は却下却下ド却下って事で。おつかれ山脈~」
「あ、はい」
ぼくがそう返事すると、師匠は何かを思い出したかのように顎を撫で始めました。
「あぁ、いや。その前に貸した金返してもらわねえと……」
「細かいッスね」
「そりゃそうじゃ。私は金の貸し借りだけはしっかり覚えてるタイプなんだよ。とくにあいつに貸したのはもう10年以上前だからな、借用書だって作ってるし、血判も押してもらってる。利子付けてもいいくらいなんだからなぁ?」
「うーわ」
ぼくの反応に師匠は不満なのか、ぼくの頭を掻きまわしてきます。
「金の貸し借りだけは契約書とか借用書とか、絶対作っておけよ。場合に寄っちゃ裁判で有利になるからな」
「は、はあ……」
「と、話が逸れたね。こんな話してたらマリアが飛び起きて、「ダメですよ、お金の話はとにかくややこしいんですからぁ!」なんて説教してくるところなんだが……起きないな。……いつになったら起きるんだろうなぁ」
師匠がそう言うと、マリアさんの手を握りました。
「……レク。お前はさぁ、マルクスの事を憎むのはやめときな」
「……」
ぼくは唐突にそう言われて、つい声を荒げてしまいます。
「っ……なんでですか!?」
「意味がないんだよ」
「でも、ぼくはこの目で見たんですよ!? あいつが……あいつが、あいつ自身が、マリアさんを――」
「そんな話は死ぬほど聞いた。でも、証拠ないだろ。出てこなかったし」
……そうですよ。ぼくが子供だったからというのもあり、マリアさんの裁判ではあいつは無罪放免です。ああ、嫌だ。どうしてマリアさんがこんな目に遭わないといけないんですか……!
「マリアさんが何したっていうんですか……「アッシュ」さんだって未だ行方不明ですし。
「まぁ、教会騎士だからね。平和の為の殉職なら神も天へ導いてくださるでしょうさ」
「……帰ります、不愉快です」
師匠はずっとこちらに顔を向けず、淡々と語るので、ぼくもいい加減腹が立ってきました。ぼくは腹の虫がおさまらないので、病室を出る時に力いっぱい引き戸を閉めます。バァンと大きな音が響き渡り、引き戸が閉まらず開けっ放しになってしまいました。
「……病院ではお静かに」
師匠がそう言っていたのが、耳に入ってきました。
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