序ノ廻ノ転 始ノ編

「しっかし……今日の様子からして、ラプソン公爵閣下を襲撃しそうなヤツってごまんといそうですよねぇ~」


 一旦拠点の地下に戻ってきた僕達。そこでレク君が何かを見ながら、くつくつと笑っている。相変わらず無表情なんで、無表情のまま笑っている姿は本当に不気味だ。


「閣下の功績。「イーヴン・アカデミー」在学中に投資顧問会社を設立。23歳という若さで、採鉱会社を買収。以後十五年間、製薬会社等の製造業会社を40社弱を買収。そのあくどいキャラクターを生かしたキワモノとして日夜、多数の出版社を始めとしたマスコミの取材、果ては講演会等で活躍中……その数年後、「ラプソン領」を継承。か。しかもあの敵を作りそうな態度。命の一つも狙われますわなぁ、くっくっく……」


 何が楽しいのか、くつくつと笑い続けている。「イーヴン・アカデミー」。確かこの島を代表する、国立アカデミーだよね。僕は詳しくは知らないけど、様々な著名人を輩出した大学だって、ママから聞いた気がする。そんなすごいところにいて、若くして会社を立ち上げて、採鉱会社を買収した上に、40社もの会社を吸収して、しかも公爵にもなってしまうなんて。あくどいけど、実力者何だって事は理解した。……でも、それでも閣下を排除して得する人間がいたとしても、そんな理由で命を奪うなんておかしいよ……。僕は自分勝手な人達や、閣下を消して迄のし上がろうとする悪意、自分勝手な理由で命を奪おうとする犯罪者に、僕は無性に腹が立ち、デスクを拳で叩きつけた。バンッと大きな音が響き、一瞬静寂が訪れる。


「いい加減にしてください、くつくつと!」

「……?」


 レク君は首だけ曲げながらこちらを見る。死んだ魚みたいな目で見られると、本当に不気味だ。……いや、それよりも。


「人一人の命は重いんですよ。それがあくどい奴だろうと、公爵だろうがなんだろうが……ゲームじゃないんですよ、これは。立派な犯罪です!」


 僕が強く叫ぶと、レク君はむっとしたように口をとがらせる。


理解わかってますよ。ぼくも教会騎士ですから」


 レク君が僕にドスドスと音を立てながら近づき、僕のデスクをバンッと叩いた。だけど、その時は何故か無性に腹が立ち、さらに大きな声を出す。


「だったら、そんな笑ってないで真剣に取り組めよ!」

「うっさーにゃ、おみゃーはよォ!!」


 ぼくらが睨み合っていると、ガコンと昇降機の大きな音が、地下室に響き渡った。


「はい、そこまで~!」


 すると、ヨハンソンさんが満面の笑みで昇降機から降りてきたんだ。なんだかかぐわしいスパイスの効いた香りを漂わせながら。


「遅くまでおつカレーカツカレー、チキンカツカレー南蛮、かつカレーなる一族ぅ~なんつって~」


 ヨハンソンさんが満面の笑みを見せながら、紙袋を僕とレク君に手渡す。中身を見ると、プラスチックの容器に入ったカレーライスだ。カツカレーと言いながら、カツ入ってないんだけど……。


「俺の行きつけの近所のカレー屋さんの「マハロガネーシャ」ってお店のカレーライスだよ。いやぁ、本場インドのカレーは夜食にもお勧めだよぉ」


 だけど、ヨハンソンさんが差し出してきた紙袋を、レク君は受け取らなかった。


「すみません、これから所用があるんで。ぼくはこれでおつかれやまさせてもらいまッス」

「どこにいくんですか?」

「餃子とラメーン食べに行くだけですよ」

「お昼も食べてこっぴどく叱られたのに?」

「いちいちうっせーな。今日は中華の気分な・ん・で!」

「明日もニンニク臭かったら承知しないからね?」

「しつこいよ金髪もやしがッ!」


 レク君がそう吐き捨てると、さっさと荷物をまとめてしまっていた。そこでヨハンソンさんが間に割って入り、はははと笑う。


「まあまあ、二人とも優秀な教会騎士だね。約120人の招待客と、ラプソン閣下の擁する私兵、使用人に至るまで全てのデータを把握しようと思ったら、俺なんか2回くらいスコルとハティが現れちゃうよ」

「東洋で言う「送り狼」ですな」


 レク君がそう言うと、カレーの入った紙袋を手に取る。


「すみません、ので、これも持っていきます」


 そう言って、レク君はまとめた荷物と紙袋を持ち、昇降機を下りて行った。僕が不思議に思って首をかしげると、ヨハンソンさんが少し表情を曇らせる。


「……またあの子」

「どうしました?」

「ん? ああ、ごめんね。なんでもない」


 僕が尋ねると、ヨハンソンさんが何かを隠すように手を振って誤魔化す。


「……食べる? 美味しいカレー」


 僕が手に持ったままの紙袋を指さしながら、ヨハンソンさんが笑った。


「い、いただきます。折角なんで」

「食べたらお仕事、頑張ろうね」

「あ、はい……」


 ヨハンソンさんにそう言われたら、頷くしかなった。デスクの前に座った彼は、引き出しから、何か半透明のモノを取り出す。


「そいじゃいただくとしますか……よいしょ」


 突如ベルトを外し、シャツを脱ぎだす。僕は慌てて目を覆い隠すが、腹だけ出しているようだった。そこにそこそこ長い針の注射器を突きつけるヨハンソンさん。何をしているんだろう?


「ジーザス……!」


 注射器の針が突き刺さり、注射の中身がヨハンソンさんに注がれていく。僕は何をしているのかと思いながら、口をぽかんと開けてそれを見ていたが、ヨハンソンさんが笑みを浮かべながらこちらを見る。


「ハハ、レク君もこれを最初に見た時も、同じ顔をしていたねぇ」


 ヨハンソンさんがそう笑い飛ばすので、僕は率直に疑問をぶつけた。


「あ、あの、大丈夫ですか?」

「ハハッ、大丈夫大丈夫。これしないと、俺死んじゃうかもしれないから。それにこの針ね、のよ。針が細いとし、の。それに、んだ」


 へえ、そうなんだ。……そういや、ヨハンソンさんは尿。つまり、注射の中身はインスリンか。


尿ですか」

「……うん」

「お大事に」

「…………うん、ありがと」


 ヨハンソンさんは何とも言えない笑顔でこっちを見ていた。そして、手を合わせたかと思うと、頭上を見上げてニヤニヤと笑い始めた。


「いただきます、シオンちゃん❤」


 と、つぶやいて。

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