序ノ廻ノ承 後ノ編

 まあ、そんな話をしていると、怒り狂った閣下が怒鳴り散らしながらこっちに向かって走ってきていた。


「ミゲル、なんだ今日のあのスタイリストは!」

「は……。ご指定のブランドで揃えさせましたが?」


 ミゲルさんの答えに、閣下はさらに大きな声を張り上げる。


「なんでいつものスタイリストが「アンナちゃん」じゃなくて、男なんだっつってんだよ!」

「はッ。申し訳ございません」

「それで、今日のパーティーに参加予定の「ルルちゃん」も、急遽参加不可だってな?」


 閣下の怒鳴り声が会場に響く中、レク君はパネルが上げ下げする様子を見守っている。大人の事情に我関せずって感じで、レク君らしいっちゃレク君らしいかも。


「はい。どうも、「ルルーノ」候女は本日は体調不良でして。代理で兄上の「イージス」候子がご参加予定だとお聞きしましたが――」

「使えねぇな、タコ!」


 そう吐き捨てて閣下はその場を立ち去っていった。幸か不幸か、彼の態度を気にしている人はほとんどいなかった。まあ、閣下のイメージを把握しているのか、それとも自分の作業に必死なのか。どちらでもいいけどね。


「貴族って大変ッスね」


 レク君がため息をつくミゲルさんに近づいて、顔を見上げている。


「え、ええ。今日は特に……閣下のお気に入りであるサンリア侯爵の御息女が、参加できないと聞いて、かなり苛立っているのでしょう」


 ミゲルさんの苦笑にレク君は、「ふぅ~ん」と返しながら、何かメモを取っていた。そして、メモを書きながら口を開く。


「自分の思い通りにならないと怒り出す。貴族って古今東西そんなんばっかですね。マジクソ野郎ですよ。そんなワガママに振り回されて、さぞ心労が絶えないでしょう」

「それでも閣下は、この島や自身の領地の為にまで、努力なさっております。この島の治安が良いのは、教会の力が及ばないところまで、閣下の力が及んでいる証拠でしょう」

「ふむ。ミゲル先生は素晴らしい秘書官というところですなぁ。いずれ、大役を任されるかもしれません」

「えっ?」


 レク君の言葉に、ミゲルさんは驚いてレク君を見る。レク君の死んだ魚みたいな目が、ミゲルさんを捉えて離さない。


「さっきの、マリエリさんでしたっけ。「」と仰っていましたけど、ぶっちゃけまんざらでもないんでしょう? 出世とか」


 この島では六領主という、ラプソン閣下を含めた6人の公爵によって統治されている。もちろん、教会が島の秩序を管理しているんだけど、六領を治める公爵達は、基本的に税金を徴収して領地の治安を守っているんだ。公爵達は市民や企業から税金を受け取り、公爵達は教会に税金を払う。税金という名の布施ではあるけど。とにかく要約するなら、教会は公的機関で、公爵の擁する騎士達は私兵。で、その公爵っていうのは実は世襲制ではなく、独身の公爵だと秘書官や補佐官、前公爵が生前に指定した人物が公爵になれるという仕組みなんだ。だから、閣下に何かあったなら、自動的にミゲルさんが公爵になれる。大出世だよ。

 しかし、ミゲルさんは困ったように笑った。


「いやはや、人前で間違えられるのは、お恥ずかしい限りですね」


 レク君に対し、ミゲルさんは答える。


「秘書官はあくまで裏方です。私のような者は領主などと、荷が重すぎますよ」

「とぼけちゃってぇ……」


 「ぐふふ」と笑うレク君を、ヨハンソンさんが脳天にチョップを入れた。


「はい、そこまで。行くよ」

「いぢっ……おつかれやまです」


 レク君がそう言って頭を下げた。僕もそれを追いかける。

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