序ノ廻ノ承 前ノ編
というわけで、ぼくとヨハンソンさんは早速領主の護衛を頼み込むために、上の方へ向かったわけですが。……案の定。
「予言で言われたからって、騎士団を動かせるわけないでしょうよ。常識で考えなさいよ」
つまようじを咥えたおっさん騎士が、ヨハンソンさんを呆れた様子でそんな事を言います。いや、確かにひと昔のフランスだったら、神の啓示だ! と叫んだだけで国家を揺るがすぐらいの騒ぎになったでしょうが。今は科学がモノを言う時代。そういうのは否定的になってきています。実際、ぼくもオカルト系は嘘っぱちだと思ってますし、幽霊は心の隙間が生み出した産物だとは思ってます。
ヨハンソンさんは汗を拭きだしながら笑顔で、
「そ、そこをなんとか」
と懇願してみるものの、おっさんはこちらを小馬鹿にしたようにしています。腹立つなぁ。
「チッ」
「あぁん? 今チッつったろ!?」
ぼくが舌打ちをすると、おっさんは怒り狂って掴みかかってくるのですが、ヨハンソンさんは慌てて「まあまあ、悪い子じゃないんで!」と言いながら、おっさんを抑え込みます。
「ったく、
「仰る通り」
ヨハンソンさんがぼくの頭をつかみ、無理やり床に降ろしながら必死に謝罪している。うん、ヨハンソンさんは立派な受け皿ですね。優秀です。
で、何の成果も得られませんでした。なので、とりあえず拠点に戻る事に。ルカさんも交えながら今後の作戦会議としゃれ込んでいます。使い方間違ってる? そんなん知ってますよ。
「はあ、やっぱ我々だけで、明日の警護にあたる他ないよなぁ。ルカ君、初任務がこんな危険な感じだけど、期待してるよ~?」
ヨハンソンさんが給湯スペースからぼくらの分のココアを用意し、手渡しながらそう言いました。
「あ、はい。任せてください!」
「いいねいいね、若さっていいよねぇ。ぴちぴちだねぇ」
「ぶっちゃけめっちゃキモいッスね」
「レク君きついねぇ~……」
ヨハンソンさんがルカさんの用意したチーズケーキを一口頬張りながら、そう言います。ぼくもそれには賛成ですね。教会騎士はいくら領主護衛とは言えど、予言でそう言われたからって、動くわけでもないですし、ぼくらもこういった仕事でもしないと、引き受けたりしないですし。今は産業革命の時代。スピリチュアルなモノがホイホイ信じられていた中世ではありません。
「ヨハンソンさん、チーズケーキなんか食べたら、糖尿病で死にますよ」
「あ、平気平気。もうほぼ死んでるから。この前の健診も引っかかったし」
「ヨハンゾンビさんですか」
「はははっ、こやつめぇ」
ヨハンソンさんは苦笑しながらフォークを向けてくる。
「あ、あの」
ルカさんが唐突に手を挙げるので、ぼくとヨハンソンさんは顔を向けます。
「はい、ルカ君」
「まず、「ローナ・ヴァルター」先生に事情聴取とかしておいた方がよくないですか? とりあえず、本当に未来が見えるというのなら、どうやって殺されてしまうのか。そういうの現状を把握するには、情報を集めた方が良いかと」
ふむ。
「新参者にしてはナイスかつアンチョコなアイデアですね」
「……」
ルカさんがなんとも言えない顔でこっちを見てきます。
というわけで、早速アポを取って、ヴァルター先生の元へ行くことになりました。
―――
「ヴァルター邸」と書かれた看板のある、立派な門構え。中は超豪邸。とてもじゃないですが、占い師の館というには、あまりにも大きすぎだし派手だし、立派過ぎる。どんだけ金を搾取してんだか。星占術師は儲かるんですね。
とりあえず、ヨハンソンさんが教会騎士の十字架を見せ、中へ案内してもらえることに。うーん、こういうところは久方ぶりですから、高まりますねぇ!
「えへへへへへっ」
「えっ、何その笑い声!?」
ルカさんがそう言ってきますが、気分が高まると笑いたくなるのが人の
「ちょっと静かに、二人とも」
ヨハンソンさんが口元に人差し指を立てて、小声で言いました。
で、待合室らしき場所に通され、変な黒いローブの女の人が「ここでお待ちください」と仰います。待合室はこれまたおしゃれな空間です。まるでお城の一室だと錯覚するくらい広いです。その分、待合室で待っている人達のバリエーションも豊かで、ぎゅうぎゅうの缶詰状態とは、まさにこの事でしょう。
「待たせますね」
「流石一流星占術師」
ぼくがそう愚痴り、ヨハンソンさんが感心していると、ルカさんがヴァルター先生の捜査資料を開きます。
「予約は1年先まであるそうですよ」
「んまぁ、流石一流……!」
「この島のあらゆる貴族様方だけでなく、他国……果ては東方やアメリカの要人まで、先生のウワサを聞きつけてやってくるほど、だそうです」
わざわざ遠いところからご苦労様ですね。すると、開きっぱなしの扉の向こうに数人の大人が通るのが見えました。ヨハンソンさんがそれに気づいて、目を見開きました。
「あ、今のは……「ロッテンダム商会」の会長さんだよ。「週刊フロンティア」で見た」
「週刊フロンティアって、あそこに記者さんがいますけど」
「そうだね。大手の出版社だからね。こういうネタは読者も食いつきやすいって事でしょ」
しばしそんな雑談で盛り上がっていると、先ほどのローブの人が僕らを呼びます。
「お待たせしました……いえ、こちらの方々です」
自分の番かと思って沸いていた貴族様からは、なんだか落胆したような顔と声、そして罵声のようなものを浴びせられましたが、ヨハンソンさんが頭を下げながら、
「すみません、順番抜かしとか横入りとかじゃなくて、捜査、事情聴取です。仕事」
と言っていますが、こっちは正当な仕事ですから、気にする事も無いと思うんですがね。
で、案内された先には、仰々しい祭壇とか、いかにもな天蓋とカーテンとか、まあ占い師と聞いて何をイメージするかっていう感じですが、とにかく中央に丸い陣が描かれているし、それを目の前に仰々しいギンギラギンの装飾のある大きな椅子がありますね。そこにウワサの人が座っています。女の人ですね。ラテン系の女性で、紫色のベールを被り、黒髪と青い瞳が綺麗で、ドレス迄着ちゃってます。しかもスタイル抜群。こりゃヨハンソンさんが鼻の下を伸ばすのも無理ないッスなぁ……。
「はじめまして、
ヴァルター先生はにこやかに笑い、毅然とした態度ですね。
「お手間はとらせません」
ヨハンソンさんが笑うと、表情が一変しました。
「明日のパーテーでラプソン閣下が殺される、とお聞きしましたが」
「本当に残念ですわ。閣下に聞き入れてもらえなくて……」
「あの、冗談なら今のうちに撤回した方がいいのでは?」
ルカさんがしかめ面でそう言いますと、先生は首を振ります。
「私には未来が見えます。未来は絶対なのですよ」
彼女の毅然な態度に、ぼくは思わず挙手をする。
「はい、先生」
「何か?」
「未来は絶対と仰るのなら、20万払ったところで変わるもんなんですかねぇ?」
ぼくがそう聞くと、先生が答えてくれます。
「未来を知れば今の自分を変えられ、自分を変えれば未来も変わります。……これ、「必定」って言うの。覚えておきなさい」
「ほぉ~」
ぼくは思わず感嘆の声が出ちゃいました。
「お時間です」
側近らしきローブの人が口を挟んできました。ああ、もう5分経ったのですか。
「どうか、お引き取りを」
そう促され、ヨハンソンさんが深々と頭を下げた。と、同時にぼくはまた挙手をしました。
「はい、先生」
「どうしました?」
「できれば、ぼくらの未来を占ってほしいんですよ。そうですね……」
ぼくはルカさんの肩を掴みます。
「ぼくと、この子」
「……いや、僕は別に――」
「例えば、ですね。今夜8時、ぼくらが何をしているのか、とかですね」
ぼくがそう言い終わると、側近の人が心底呆れたようにため息をついた。
「先生、無駄な事はお止めになった方が――」
「いいですよ」
先生が側近の人を制止しながら、そう言い放ちます。流石先生、懐が深い……ッ!
すると、早速先生がこめかみに指を当て、ぐりぐりと回し始めました。
「ズォールヒ~~ヴィヤーンタースワースフェスツルオルプローイユクダルフェ スォーイヴォー……」
と、何らかの呪文を唱え、両手で枠を作り、ぼくを捉えました。
「……見えます」
先生がそう言い放つと、紙を取り出して何かを書き始めました。ルカさんも同じように呪文を唱えて枠を作り、何かを書き始めます。それを側近に手渡すと、側近の人は封筒に入れ、それぞれの名前を書いて、ぼくらに手渡してきました。ぼくらが受け取ったのを確認すると、先生は口を開きます。
「今夜8時以降にそれを開けてご覧になってくださいな」
ぼくは気分が高揚し、先生を尊敬のまなざしで見つめました。
「当たってたら、ぼく……あなたの事信じちゃいますよ!」
「胡散臭いですね……」
ルカさんはそういいつつも、封筒をまじまじと眺めていましたよ。そして、先生を見つめ、封筒を突き出します。
「確か、未来が見えると仰ってましたよね。では、もう一つお伺いしたい事があります」
「……何かしら?」
「ラプソン閣下は、どのようにして殺されるのでしょうか?」
おっと、それが本題でしたね。流石ルカさん、抜け目ない。将来立派な教会騎士になりますよ。
「先生、後がつかえて――」
「僕が思うに、先生が閣下を殺害する計画を企てている可能性もあります。未来が見えるなんて言って、あなたが恐喝しているという事も十分ありえますから」
「なんて事を言うんですかあなたは!」
ルカさんの推理に側近の人が怒鳴ります。ですが、先生は毅然とした態度を保ったまま、側近の方を制止します。
「いいえ、私は未来が見えるだけ。私は一切関与していません。閣下は確実に明日のパーティーで毒殺されます。これは確定事項ですよ」
「どくさつぅ?」
ぼくが首を傾げます。
「あの、それを証明する為に、先生。一度教会まで同行をお願いしてもよろしいですか?」
「……いいでしょう。私の身の潔白を証明する為に、教会に拘束される事にしましょう」
ルカさんの思いがけない提案に、周りがざわざわと騒ぎますが、先生は余裕の笑顔を見せていました。ヨハンソンさんは困惑しながらも、先生を拘束し、外へ連れ出しました。……ルカさん。彼にこんな一面があったとは。意外ですね。
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