序ノ廻ノ承 始ノ編
ヨハンソンさんが昇降機に乗ってきたお客様二人を応接スペースへ案内する。立派な貴公子の服みたいなフリフリとか、北欧人の綺麗な金髪碧眼がまぶしいな。それにとても整った顔立ち。こういうのが所謂、イケメンってヤツなのかな。後ろについてくる眼鏡をかけたお兄さんも、同じくイケメンだ。多分ラテン系の人かな。黒髪のやや黒い肌のカッコイイ人。憧れちゃう。あ、そういやこの貴族っぽい金髪の人は新聞に日夜載ってる、著名人さんだよね。名前は確か……
「はじめまして、
「なげーな」
レク君が小声で言ったので、チャールズさんとミゲルさんは気づいて無いみたいだった。この人はラプソン領の領主様のラプソン公爵閣下だったな。毒舌家でズバリとぶった切るキャラクターが人気を博して、新聞でも一面に載らない日はない。それくらいの人だ。
ヨハンソンさんは深々と頭を下げ、にこりと笑う。
「ラプソン領の領主様がこんなかび臭くみすぼらしい地底まで、はるばる感謝申し上げます。閣下のご活躍はいつも新聞で拝見しております。それで、一体こんな掃き溜めに何の用ですかな?」
ヨハンソンさんの問いに、深いため息を吐く閣下。
「はあぁぁ~~。たらい回しにされる度に同じことをいちいち説明しなきゃならんのか?」
「そうですね。それがビチグソ教会騎士共のファッキンな掟なもんで。どうぞお願いいたします」
閣下の愚痴にレク君はさらりと言ってのけた。閣下は当然ぽかんと、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしているが、レク君はにやりと笑う。
「よろしくお願いしマンモス」
なんというか、一度見たら忘れられない、不気味な作り笑いだ。気を取り直して、ミゲルさんが「閣下、私から」と閣下を宥めるように言い、ヨハンソンさんの方を見る。
「実は、閣下が懇意にしている、「未来視ができる星占術師」で有名な「ローナ・ヴァルター」という星占術の先生が、嫌な占い結果を出しまして」
「占い?」
「結果!?」
ヨハンソンさんとレク君が驚いたような声を上げ、レク君はミゲルさんに駆け寄る。
「あの、それってもしや予言ですか!?」
「こちらは……」
ミゲルさんが困惑……というより、レク君の口臭と体臭に顔をしかめている。確かにニンニク臭いよね、あの子……。
「レク君……」
「おっと失敬。ぼくはレクです、教会騎士やっとります。で、どんな
レク君がまじまじと、死んだ魚みたいな目で凝視するので、閣下もミゲルさんも呆気に取られて目を見開いたまま硬直していた。いや、気持ちはわかる。光の無い目で凝視されるとどう反応すればいいかわかんなくなるよね。
ミゲルさんは我に返り、ヨハンソンさんとレク君を見ながら口を開いた。
「実は、閣下は明日が誕生日でして。毎年この島の領主様や各要人や貴族達を招き、パーティーを開くのですが。ヴァルター先生によりますと――」
「明日の誕生日パーティーで何者かに暗殺されるらしいんだよ、この私が」
「えぇ!?」
閣下が遮ると、ヨハンソンさんとレク君、僕は声を上げる。レク君は何故か声が上擦ってたけど。
「殺されたくなければ、20万フランを払えなどと言っているのだ」
「にじゅ……!?」
なんだその金額!? 大金過ぎて国家予算レベルじゃないか!? というか国家予算が今現在どのくらいなのかよくわかんないけど。
「そうすれば、未来を変える方法を教える、と」
ミゲルさんがそう言うと、レク君は明らかにルンルン気分で今にもスキップしてしまいそうなくらい高揚していた。ヨハンソンさんは苦笑しつつ、眉をひそめている。
「随分インチキな星占術師もいるもんですなぁ」
「ところがどっこい、ヴァルターは本物だ」
閣下が真顔で、低い声でそう言う。
「私はこれまで奴の言葉に助けられたことか。そのおかげで、私は今の地位に立っている。跡継ぎだった兄と父やその他覇権争いになっていた勢力を排除し、若くして領主になれたのも、ヴァルターのおかげだ」
なんというか、貴族の闇を耳にしちゃった感じだ。嫌だなぁ、家族すら蹴落として権力を得る大人とか。
「なら、パーティーを中止にすればいいじゃないですか」
僕がそう言うと、閣下は僕を睨みつけてくる。
「お前みたいなガキにはわからんだろうが、さっきもミゲルが言ったように、他領主や各要人や著名人やら貴族達まで大勢、招いた手前、今更占い師如きに言われたくらいで中止にするなんざ、できんのだよ。大人の世界ってのはそういうものだ」
「なんですかそれ、下らない」
僕がそう言うと、さらに激昂したように閣下が立ち上がり、僕に向かって指をさす。
「なんつった!?」
「ま、まあまあ! まあまあ、落ち着いて。分かります、分かりますよぉ」
ヨハンソンさんが必死に閣下を宥め、閣下をソファに座らせた。
「で、私達は何をすればいいのでしょうか?」
ヨハンソンさんの問いに、ミゲルさんが答える。
「明日のパーティーに、閣下の護衛をつけてほしいのです」
「些か大げさかと……」
ヨハンソンさんが苦虫を噛み潰したような顔で答えると、閣下がまた怒り出した。
「私が毎年、貴様ら教会にいくら布施ていると思っているんだ? 私はスポンサーだぞ。スポンサーが困っている時こそ、迅速に動くべきではないのか!?」
「ふふっ、お気の毒」
「なんだと!?」
「レク君!」
閣下の怒鳴り声に、流石にまずいと思ったのか、ヨハンソンさんはレク君をつまみ上げる。宙ぶらりんになったレク君は、まるで糸の切れた人形のようにぶらーんとぶら下がっていた。
「閣下はご存知の通り、領主でいらっしゃいます。しかも、毎日新聞に載るくらいの。……領主様の地位を狙った暗殺者やテロの可能性も否定できません。なのに、上の方で「予言のような類は
ミゲルさんの言葉も否定できない。でも、予言で言われたからって、いくら教会騎士でも動くわけもない。
「秘書官の私が言うのもなんですが、閣下を失えば、この島の損失ですよ!」
ミゲルさんがバンッとテーブルを叩き、レク君がミゲルさんを凝視する。
「閣下、やはり教皇様に直談判すべきですかね……」
この言葉にヨハンソンさんが両手を振る。
「いやぁ、大丈夫!」
そして、彼は大きく頷いた。
「承知しました。男ヨハンソン・レッド、身を賭して善処いたします」
と、ヨハンソンさんが頭を深々と下げる。
が、そこに予想外の声が。
「
「まだいたの!?」
なんと、本棚の影に帰っていたはずの、親父さんがずっと見ていたんだ。
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