花占いには向いていない

遠宮雨

第1話(完)

 この国で、秋になると一斉に咲くあの鮮やかな赤色の花を知らない人という人はおそらく一人もいないだろう。

 田んぼの畔や堤防、それになんといっても墓地の周辺。

 それらには彼岸を過ぎればその名を冠したあの赤色の花が一斉に咲き乱れる。

 しかし、名前の持つ不吉なイメージやその根に毒があるという事実から、手にとってまじまじと観察したことのある人はそう多くないのではないだろうか。

 遠くからでもわかる放射状の花の姿は、よく見るといくつかの小さな花の集まりであることがわかる。

 集まった花の一つ一つは細長い六つの花びらと長いおしべ、それにめしべを持っている。

 毎年秋になると、わたしは辺りを散歩して適当な花を一本見繕い、それで花占いをすることにしている。問いかけるのは二択の問題だ。

 先ほども言ったように、この花の花弁は六枚だ。集まった花の数は五個から七個くらいとまちまちだが、花びらの数はそれも同じだ。

 だから、花占いの答えもいつだって同じ。変わることのないその問いかけを毎年毎年、秋を迎えるたびにわたしは行っている。

 今年の花は堤防に咲いていたものを選んだ。

 手折ったそれを持ち、河川敷に腰を下ろしたわたしは昨年と同じ問いかけを六枚の花弁に託していく。


――いちまい


 ちぎった花弁を空に放るとふうわりと空気をはらみながらゆっくりと空気中をただよい、座り込んだわたしの膝、白いスカートのうえに赤く降り積もっていく。


――にまい。


 変わらない問いを続けるのは、今年こそは変わるかもしれないという期待か。どうやっても変わらないものに対する現実を受け入れるための儀式なのか。続けるわたし自身ですらもう、とっくにわからなくなっている。あるいはただの惰性かもしれない。

 ひとつめの花を散らし終えた。今年の茎に咲いていたのは六個の花。チャンスはあと五回ある。


――さんまい。


 河川敷にはわたし以外にもいくつかの人影がある。犬をつれた年配の男性に、ベビーカーを押した若い女性。ランニングをする部活どうらしき学生の集団など様々だ。

 暑さも和らぎ、やさしい日差しと涼やかな風が吹くこの季節は外に出るのにうってつけだし、広々とした河川敷は歩くのにも走るのにもうってつけだ。

 そんな人たちをぼうっと眺めながら花を散らしていると、しゃがみこんでいる子供たちの姿が目に映った。きゃあきゃあと子供特融の高い声が楽し気に響いていている。

 何をしているかはすぐに分かった。四つ葉のクローバーを探しているのだ。わたしにも覚えがある。


――よんまい。


 クローバーというものは通常三つ葉で、それは遺伝子に刻まれている。つまり四つ葉というのは突然変異なのだ。

 そしてそれこそが、わたしがこの花占いに求めている答えでもある。

 もしもこの花に突然変異が起こって花びらの数が五つか六つになれば占いの結果がかわる。

 そうすれば、ようやくわたしの望む答えが手に入る。


――ごまい。


 彼岸。此岸。彼岸。此岸。彼岸。此岸。

 彼岸。此岸。彼岸。此岸。彼岸。此岸。

 彼岸。此岸。彼岸。此岸。彼岸。此岸。

 彼岸。此岸。彼岸。此岸。彼岸。此岸。

 彼岸。此岸。彼岸。此岸。彼岸。此岸。

 彼岸。此岸。彼岸。此岸。彼岸――――


――ろくまい。


 そうして、今年の花占いは終わってしまった。

 結果は去年と一昨年と一昨々年とその前と同じだった。

 今年も彼岸花は正しい数で咲いていて、その姿がなんだか河川敷にいる穏やかな顔をした老若男女と重なって、ひどくさみしい気持ちになった。

 それを振り払おうと、スカートの上に散っていた三十六枚の花弁を一か所に集め、まとめて手のひらに収めてから勢いよく宙へと放った。

 放たれた花弁がひらひらと頭上から降り注ぎ、まるで赤い雨のようだった。

 この花はまたの名を曼殊沙華という。本来は文教に由来する、天から降る白いまぼろしの吉兆の花の名前だという。

 色もイメージも、この花とは真逆なのにどうしてそんな名前で呼ぶようになったのかは知らない。

 もしも地獄にも花が降るとしたら、それはどんな色をしているのだろう。

 きっと血のような赤色に違いない。まるで目の前のこの景色のように。

 それこそが、わたしが夢見ている景色だ。

 立ち上がり、おしりを叩いてほこりを軽く払ってから歩き出す。

 流れゆく景色の中、目の端に映るのは夥しい数の赤、赤、赤。

 夢の残滓に後ろ髪を引かれながら、わたしは河川敷を後にした。

 

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花占いには向いていない 遠宮雨 @tonomiya_full

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