第6話

 あるーはれーた日ーのこと、俺ことウォル・アクランド(職業勇者)は、街中だと言うのに気配を殺しつつ歩いていた。

 別に癖になっているわけではない。必要だからやっているのだ。

 ギルドで受けられるクエストには変わった物があり、今日の仕事はまさに変わったものだ。

 素行調査、もっとストレートに表現するなら浮気調査である。

 額が良かったので受けたのだが、依頼主である奥方は中々良い性格をしており、ちょっとだけ旦那さんに同情。選んだ自分を呪いなさい。

 ターゲットはただの商売人なため、気づかれる可能性は低いだろう。

 とは言え、やはりやましいことをしているためか、度々きょろきょろと周りを見ている。

 傍目から見ると不審な動きでしかないのだが、人の心理状態とは面白いもの――。

 

「宝石店?」


 慌ただしく宝石店へと入店したターゲットは、数分もしない内に出てきた。

 何も持っていないが、宝石となるとポケットにいれることもできる。浮気相手へのプレゼントか?

 悩んでいるのもつかの間、ターゲットは段々と人通りが少ない道へと移動しているようだ。

 この道には遮蔽物があるため何とかなるが。この先もそうとは限らない。

 頭の中で地図を想像し、現在位置と照らし合わせると――。


「……裏通りか」


 所謂、R-18のお店がある通りだ。浮気ではなく、店に通ってるだけかもしれない。

 厄介だ。待ち合わせが中なら浮気なのか客なのかわからない。

 中に入るのは……色々と、その、あれだ、レベル1の俺にはハードルが高すぎる。興味がないわけでない! だ、だが、中の構造もサービスも知らないのに潜入はできない!

 お、お金だって手持ちは全然ないし! あれ? 俺は何でサービスを受ける前提で考えてるんだ? あ、いや、でも、そうでもないと不自然だよな。

 不自然、うん不自然! 仕方がないんだ、後で経費だって言って報酬上乗せしてもらえばいいさ。

 ほら、どうせそこを曲がるんだろ! そうしたらすぐに……あれ? あれれ? ちょ、ちょっとちょっと曲がれよ! え、いや、曲がってくださいませんか!?

 予想とは反して、めくるめくる大人の世界への道へ曲がることはなく、そのまま直進を続ける。


「この先って……」


 行ったことはないが、確か墓地だったはずだ。

 墓参り? でも、それならそうと依頼主に告げるよな。まさか、墓地で密会? まあ、人は少ないかもしれないけど。ムードもへったくれも無いような。

 とりあえず、見失わないように後を――


「ん?」

「あわわっ!」


 視線を感じ後ろを振り返ると、少女と眼が合った。距離はそこそこ離れていたが、あからさまに挙動不審になり、近くの街灯に身を隠す。

 隠したのだが、街灯は細いため、全くと言っていいほど役に立っていない。

 おそらく年の頃は10代半ば、ここら辺では珍しい黒髪をポニーテールでまとめている。

 俺の追っかけか? 聞けば他国の勇者はもてるとのこと。選ばれしものしかなれないエリート職業なため、当たり前と言えば当たり前だが。

 勇者となって約一か月、噂は嘘かと思っていたが、遂にファン一号が現れたのか。

 ターゲットの事も忘れ、未だ街灯の後ろに隠れている少女をじっくりと観察する。

 顔は……目をつむっているから断言はできないが、顔立ちは整っている。スタイルも……誰かとは違い歳相応はありそうだ。

 お、お、お、こ、こここれは俺の好みの子なんじゃないだろうか!? くそ、今すぐにでも話しかけたい! 一緒におしゃべりして、一緒にご飯を食べて、連絡先交換して、デートを重ねていきたい!

 だ、だが、長らく続いた雨の影響でこのクエストは何としてでも達成しなければならない。

 す、すまない。また今度暇なときにつけてくれ。その時は話しかけるから。

 泣く泣くターゲットを追いかける。幸い、それほど距離は離れておらず、すぐに見つけることができた。


「木の上からの方がいいか」


 墓地へと入っていったのを確認し、敷地内に多くの木が植えられていることを生かすため、木の上から観察を行うことにする。

 魔物退治の時もだが、よく木に登っている。勇者になったのにやることが変わっていない。

 音を立てずに木と木の間を移動し、上手いことターゲットの近くへと移動することができた。

 ターゲットはお墓の前にたたずんでいる。どうやら待ち合わせではないらしい。浮気ではないのか。


「……シンシア、そっちはどうだい? 楽しいか?」


 しばらく沈黙したのち、ターゲットがゆっくりとそして優しく問いかける。墓石に向かって。

 慈愛に満ちた声なのは誰が聞いてもわかった。

 懐に入れてあるメモを取り出し、事前に入手した情報を確認する。シンシアの名前はない。

 死んでしまった恋人、とかだろうか。


「俺か? 俺は……そうだなあ。どうなんだろうな。楽しい、のかな?」


 ターゲット――男は、自分に問いかける様に呟く。


「仕事はうまくいっているよ。お金だって余るぐらいに」


 お金は余るって感覚を一度でも良いから味わってみたいものだ。

 可能性があるとすれば魔王退治はもちろんのこと、幹部クラスにすら巨額の賞金がかけられているため、それらを討伐できたらか。

 ……まず、戦う状況になるのが嫌である。命あっての物種。死んでしまってはお金なんて意味がない。命は買えないのだ。


「…………この」


 男の声と拳が震える。泣いているようだ。


「この、金が……あの時、あの時にあれば……!」


 その言葉に、俺は男に心の中で謝罪した。

 お金で命は買えない。けれど、お金がなくて命を落とすケースは存在する。

 そろそろ、聞き耳を立てているのだが申し訳なくなってきた。死んでしまった人相手に浮気も何もないのだから、もう撤収しても良いのではないか。

 木に体重を預けながら思案する。

 ふと、遠くから音が聞こえた。


「げっ」


 先ほどの少女が木の上に登っている姿が見え、思わず声が漏れてしまい慌てて手で口を押える。幸い、男は気づいていないようだ。

 追っかけとは怖いものだ。こうなるならさっき付いてこないよう言っておけばよかった。

 少女が何とか上り終え、嬉しそうにこちらへ視線を向ける。もちろん、俺と眼が合う。


「ッ!!?」


 驚いて落ちそうになる少女。一瞬、肝が冷えたが寸でのところで体勢を整えた。

 しかし、眼がいいんだな。先ほどもそうだがバッチリと眼があった。

 これでも眼には自信がある。たまに街へくるベテラン冒険者にも眼だけは褒められたものだ。


「妻とは、仲良くやっているよ。……君への義理を果たせなかった俺が、今更泣きつくのも女々しいか。でも、どうだろう? 優しい君の事だ。もしかしたら許してくれるのかな」


 泣きやんだ男が難しい話をし始めた。

 俺は嫁探しの旅と言いながらも、本気で恋をしたことがない。

 好きな女性やドキッとする女性はいるけど、それが愛なのかと聞かれると自信がない。ただの性欲かもしれない。

 わかってはいたが、耳に痛い話だ。思春期のリビドーをコントロールしたい。出来る気がしないけど

 本気で愛した女性を亡くした気持ち。


 …………わからない。わからねぇ。わかんねぇよ。あぁ、くそ、泣けてきた。

 嫌だな。失いたくないな。失いたくない……。


 涙をぬぐいながら考える。彼はどんな気持ちだったんだろうと。

 奥さんとは仲良くやっていると答えた。お金も稼いでいる。それでも、彼は自分が幸せとはっきり言えない。

 胸のつっかえが取れないのだろうか。取れることはあるのだろうか。

 やっぱり、ただのガキである俺には答えが出ない。


「そろそろ、行くよ。それと……」


 男は、ポケットから取り出した箱を墓前に置いた。

 宝石店で購入したものだろう。となると中身は――


「覚えているかい? まだ駆け出しでお金のない頃さ。いつか買ってやるって約束したやつだ。遅くなってごめん」


 男が空を見上げる。つられて俺も見上げた。

 雲一つない快晴。青空が大きく広がっている。


「今までは忙しさを理由にこなくてごめん。……きっと、君がいなくなったことを忘れたかったんだ。でも」


 男が箱を開ける。中には指輪が一つ。中央でエメラルドがキラキラと輝いている。


「これからは毎年来るよ。それじゃあ」


 最後に墓石にそっと手をやり、男は少しだけ晴れた表情で墓地を後にした。

 それを確認後、降り立つ。

 墓の前に立ち、彼の気持ちを想像してみたが、やっぱりわからない。何で少しだけ晴れた表情をしていたのだろうか。


 ――後ろを振り返る。


「ふにゅ!」


 少女が慌てて隠れようとして木と激突した。可愛らしい声だが、相当痛いのか涙目だ。


「えっと」

「ッ!? ご、ごめんなさーい!」


 声をかけようとしたら、謝罪の言葉を残し凄い速さで去っていった。追いつける気がしない。

 一体何者だ、あの子は。何に対しての謝罪かもわからなかったし。

 まあ、今は良い。今は依頼主にどう報告するかの方が大事だ。

 ありのまま報告するか。それとも浮気がなかった事実のみを伝えるか――。


「――そうですか。やはり、彼女の下へと行きましたか」

「え? 彼女って」


 ありのままの報告を受けた依頼主の言葉に思わず聞き返す。


「知っていますよ。そもそも、亡くなった彼女を理由に私は三度ふられていますからね」

「そ、そうなんですか」

「ええ、だからこの依頼も彼女の所へいくだろうなと思って頼みました」

「は、はぁ」


 だからの意味がわからず、相槌を打つことしかできない。


「彼は優しいですから。私の前では彼女のことを思い出さないようにしてくれてます」

「……」

「でも、あなたの報告を聞いて決心がつきました」

「決心、ですか」

「ええ、引っ叩いてやろうって」


 良い笑顔で手首をスナップさせる依頼主。


「気を使ってくれるのは嬉しいですが、彼女の事が忘れられないことも含めて私は彼を好きになりました。泣くほど恋しいくせに、その姿を見せないとか引っ叩くしかないでしょ?」

「そ、そうですね」

「ごめんなさいね。嘘の依頼を頼んで」

「いえ、全然、こちらこそ色々と考えさせられました」

「ふふ、これが報酬です。また何かあったら依頼させてもらいますね」

「はい、その時はよろしくお願いします」


 楽しそうに笑う彼女の強さに尊敬の念を覚えずにいられなかった。

 帰り道、夕暮れがさす中、俺は決心する。


 ――よし、俺も誠実な人間になろう。


 しかし、そんな決心は三日と持たないのは火を見るより明らかだった。


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