第5話

 クエストがある時――


『ブースト』

「――射抜く!」


 クエストがない時――


「それでさ、デュークが意を決して告ったんだけど、実は男でさ!」

「はははっ、そんなに可愛い男の子だったんですか」


 ある時――


「ウォル、そっちに行きました!」

「オッケー! ……ふっ!」


 ない時――


「俺たちの秘密基地がのっとられてな。年上だったけど、黙っている俺たちじゃあない! 陽が落ちるに合わせて襲撃をしかけたんだ」

「襲撃って、子供が行う戦法ですか?」


 ある時――


「エレミア!」

「任せてください! ――ブースト――」


 ない時――


「今晩の食事はカモのお鍋だー!」

「おー、凄く美味しそうですね。お鍋もカモも初めてです!」


 晴れの日――


「ウォ、ウォル……。こ、こここの魔物って」

「に、逃げるぞー! そいつは森の主だぁぁぁあああッ!」


 雨の日――


「雨の日は部屋でだらだらするに限るよなぁ」

「ふふっ、たまには雨音を聞きながらのんびりするのも良いですね」


 雨の日――


「雨の日は部屋でだらだらとお菓子なんて食べちゃったりして」

「憩いの一時ってやつですね」


 雨の日――


「折角だから手入れでもしておくかな。ちょっと特殊な矢も作っておきたいし」

「私もブーストの練習しておきます。あの主を倒すために」


 雨の日――


「雨の勢いが日に日に増してきてないか? 店主さんの話だと特に雨が降る時期でもないらしいけど」

「まあ、たまにはそんな年もあるんじゃないですか」


 雨の日――


「絶対、雨の勢い増してる。昼間だってのに凄く暗いし」

「ちょっと非日常感がしてわくわくする自分がいます」


 雨の日――


「路銀を貯めたいのに、こうも連日降られると困ったもんだな」

「大雨の中で討伐や素材獲得クエストは危ないですものね」


 雨の日――


「いい加減、やんでくれませんかね」

「雲をぶん殴りたいです」


 雨の日――


「風の結晶を先端につけた特注の矢をぶっ放せば雲をはらえないかな」

「ぶん殴りたいです」


 雨の日――


「ぶっ放」

「ぶん殴」


 次の日――


「流石におかしい。おかしすぎる!」

「業者の方の話だと、この街の上空に雨雲が停滞してるらしいです」

「ギルドに行ってみるか。もしかしたら何かわかるかもしれないし」

「はい。でも、どうします? 傘だと横殴りの雨は防ぎきれませんよ」

「ぬかりない。午前中にやってきた業者から耐水性の装備を買っておいた」

「ウォルはやればできる子だと信じていました!」

「そこはかとなく馬鹿にされている気分なんですが」


 そんなにできない姿は見せていないはずなのだが。


「いえ、話をしているのは遠巻きに見ていたのですが、鼻の下を伸ばしていたのでてっきり雨で透けた服を見るためかと」


 午前中に他の町からやってきた業者の方は、結構なものをお持ちのお姉さまで、雨の影響ではりついた服が体の線を強調していた。

 ふらふらっと引き寄せられ話しかけていたので、エレミアの考えは間違っていない。耐水性の装備に関しては、相手が切り出してきたのだ。

 割高だったし、カッパを使えば良いと思っていたので断ろうとしたのだが、艶めかしい動きをされるお姉さまに目を取られている内に買わされていた。

 ……やればできる子って評価がもらえただけで、とてもありがたいです、はい。


「あ、あはははっ、ま、ままま全く酷い、じゃ、ないか」

「ウォル、わかりやすいのは良いことですが、わかりやすすぎると心配になります。もうちょっと頑張ってください」

「う、うっす」


 何故だろう。応援されてしまった。それほどまでにわかりやすいのか。



「それじゃあ、装備に着替えてきますね」

「おう。これがエレミアの分だ」

「ありがとうございます」


 耐水性に優れたローブと帽子を渡すと、自分の部屋に着替えに戻っていった。

 俺も着替えるか。鎧もあるが、とりあえず動きやすい様に軽装だけにしておこう。

 もしクエストを受けるとしても、この雨の中では接近戦は怖い。風も強いが、最近作っていた矢は風魔法が込められた結晶を先端に付けたもので、影響は受けにくい。

 視野も制限されているが、長年の経験でカバーする。幸い眼には自信がある。


「何もなければ良いのだけど」


 いや、何もなかったらなかったで雨への心配が残るか。

 エレミアが業者のお姉さんから聞いた話を考えると、原因となる何かがある可能性は十分にある。

 ギルドが情報を掴んでいれば、おそらく緊急クエストとして出されているだろう。

 経済に影響を与える今回のようなケースでは、報酬も美味しい事が多い。内容次第では積極的に受けたい。

 しかし、エレミアは圧倒的な能力を持ちつつも、実戦経験が薄く、それに伴って技量面でも不安が残る。俺がメインでことに当たれなければやめた方が良いかもしれない。


「ウォル、準備できましたよ」

「それじゃあ行くか」


 階段を降り、一階へ。声をかけてきた店主さんにギルドへ行く旨を伝え、扉を開け、すぐに閉める。


「「…………」」

「……え、ナニコレ」

「……しゃれになってませんよ。私、飛ばされませんか」


 いくらお子様体形とは言え、人が飛ばされることなんて早々ないのだが、否定するのが躊躇われる。


「二人とも、急ぎじゃないならやめておいた方がいいんじゃないかしら」


 店内の床を掃除している店主さんが苦笑いを浮かべている。

 どうやら、この店に泊っている他の冒険者もギルドへ赴こうとして、ほとんどが諦めたらしい。


「……どうします?」

「……どうするって言われても、正直やる気がごっそりそがれた。暖かい部屋で布団にくるまりたい」

「私もです。どう考えてもおかしいですが、きっと誰かが解決してくれますよ」


 二人とも言っていることが完全にダメ人間のそれである。

 しかし、誰かが解決してくれる。なんと甘美な響きだろう。……勇者失格にも程があるが。


「ウォル。勇者だって人の子、時にはこんなこともあります」

「薄々わかってたけど、エレミアって結構ダメな子だよな! でも、ありがとう! 勇気が湧いたぜ!」


 にっこりと素敵な笑顔を向けてくれるエレミアに、俺も同じく心からの笑顔を向ける。

 そして、回れ右して階段を上るのであった。

 次の日、他の冒険者に聞いた話だと『雨男』と言われる魔物の影響だったらしく、誰かが倒してくれたおかげで異常気象は収まった。

 久方ぶりの太陽に目を細めながら、俺とエレミアは顔も知らない誰かさんに深く感謝した。



 勇者ウォル・アクランド絶賛感謝中。

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