第4話

 姿勢を低くし、呼吸はゆったりと、気配を自然と同化させる。

 時期に血の匂いに釣られ、奴らは現れる。

 射程範囲ギリギリの距離、常人では獲物の姿を見極めるのすら困難であろう。

 視界の端になにかがかすった。獲物の足だ。

 しかし、木々の葉が邪魔をし、姿は確認できない。

 胴が映るのはおそらく一瞬、その間を射抜く。

 警戒しているのか足取りは遅い、そのテンポに合わせ、ゆっくりと構えをとる。


 ――顔が、現れた。


 同時に矢を放つ。

 放たれた矢は隙間を縫うように木々を潜り抜け、獲物へ。

 力のない鳴き声が耳に届く、視界の先にいる魔物が、崩れ落ちた。

 ボスがやられたことで近くにいた群れは慌てて逃げ出したのか、地面を蹴る大きな音がこだまする。


「ふぅ」

「凄い凄い!」


 一息つく俺へ、エレミアがパチパチと手を叩きながら褒めてくれる。

 その足元には先ほど仕留めたワーウルフの死体があった。

 お得意のブーストで持ってきてくれたのだ。……結構離れているんだが、どんな脚力してるんだ。


「狙い通り横っ腹に刺さってるな。あ、いや、少しずれてたか」

「え、そんな細かく狙ってるんですか? こんなに距離あるのに?」

「何となくだけどな。ワーウルフは問題ないけど、魔物によっては硬い部位の間を狙わないといけなかったりするしな」

「ほへぇ、本当に凄いです」

「まあ、うちは代々続く狩人の家系だからな。子供のころから遊び半分で弓を使ってた」

「……ウォルはアーチャーの方が良かったんじゃないですか?」


 当然の感想に、俺は目をそらす。


「言うな。虚しくなる」


 そらした先にうつる愛剣、彼は未だ得物の解体にしか使われていない。

 実家にいた時もそうだったし、きっとこれからもそうなのだろう。


「今回は、解体はしなくていいんだったよな」

「はい、依頼主はそのままを希望しているみたいです」

「んじゃ、帰るべ」


 二人そろって帰路につく。

 エレミアとパーティーを組んでから10日が経とうとしていた。

 最初こそ、どうなるかと心配だったが、すっかり慣れた。と言うか、戦い方が変わっているだけで、その他はそこまで変なところは見受けられない。

 強いてあげるとすれば、想像以上に常識を知らないことぐらいか。

 物の値段を知らないため、良くぼったくられそうになったり、知らない人についていきそうになったり。見る眼があるとは何だったのか。

 クエストも初めて、宿に泊まるのも初めて、料理も初めて、解体も初めてと初めて尽くしだ。そのためか、それはもう楽しそうに日々元気に過ごしている。

 しかし、宿に泊まるのが初めてなのに家は街にないときた。それまでどうしてたんだ、との質問ははぐらかされてしまうので、頭の隅に追いやるしかないが。

 とにかく、謎の多い子だ。一つしか年齢は違わないが、容姿も相まって兄や親の気分だ。

 ……嫁探しの旅に出たはずなのに、保護者をやるはめになるとは。


「どうしたんですか? 遠い眼をして」

「ふと目的を思い出してな」

「あぁ……。ウォルは勇者ですものね」

「魔王退治(嫁探し)のために旅に出たからな。まあ、今は路銀稼ぎの方が大事だけど」

「勇者なのにほとんど支援ないって、どんな国ですか。魔王退治する気あるのですか」

「前もいったけど、今の国王は興味持ってないからな。優秀な人材はもちろん支援だって惜しむさ。勇者特権がなければ、絶対に受けたくないぜ」


 その特権も過去の勇者の失態によって疑問視されているらしいが、剥奪されるにしても時間はかかるだろうし、今は気にしないことにする。


「勇者特権は便利ですものね」

「国の境界線がなくなるようなものだからな」

「……悪用されたらどうするんでしょうか」

「さあな。小ずるいことなら聞いたことあるけど、大きな事件はないんじゃないか? ほとんどの国が勇者の逸話を持ってて、国の誇りにされているみたいだし、変な奴は選ばないんじゃないかな」

「ますますウォルの国が悪目立ちしますね」

「俺が言うのもなんだが、間違っていないから仕方がない。小ずるいことってのもウチの先代達だし」

「でも、ウォルは何だかんだ真面目ですから! こうなったらウォルが評判をあげるしかありませんね!」


 えいえいおー、と腕を天に突き出すエレミアに申し訳なさを感じる。

 嫁さんが見つかったら危険が伴う魔王退治なんて放り出して、そこらの村か街で狩人でもやろうと思っている。

 できればお姫様とかが良いから、出来うる限り功績はあげていきたいが、旅立ちから約二週間。冷静になった頭で考えると、俺の実力だと無理だろとの初歩的な疑問が湧き上がってきた。


「お、おう。まあ、無理をしない程度に頑張ろうかな」

「そうですね。無理はいけません。しっかり、地に足をつけて功績を積み上げていきましょう。今日のクエストもその礎です」


 そう言いながら俺が担いでいるワーウルフをぺしぺしと叩く。

 凄まじい身体強化魔法をあやつるエレミアなのだが、存外不便な点も多い。

 まず杖を持っていないと最大強化はできない。また、持続時間は長くて3分、それ以上は体が追い付かないらしい。加えて、強化された肉体の操作が難しく、力加減ができない。

 そのため、今日のような素材獲得のクエストは俺が担当しているし、運ぶのも俺だ。

 素材獲得は比較的弱い魔物が多いため特段苦労しないし、殲滅系はエレミアの独壇場に近い。

 あくまで身体能力でごり押ししているので、レベルの高い敵と戦うのは不安が残るが、この周辺の魔物なら負ける気配が微塵もない。

 最初は懐疑的な見方をしていた受付のお姉さんも、連日のクエスト達成で今では軽い日常会話程度ならしてくれる。

 また、決して大きくない街なので他の冒険者たちとも仲良くなり始めている。悲しいことに男ばかりだが。

 初日の勧誘の仕方が悪かったのか、女性冒険者からの評判は良くないとのこと。


「千里の道も一歩からって言うもんな」

「そうです。成功に近道はないのです」

「それに他の勇者もいるわけだし、もしかしたらそいつらが倒してくれるかもしれないしな」

「ウォルは頑張る気があるのかないのかわかりません……」

「人並みには使命感を持っているし、人並みにだらだらもする。ミスター平均」

「何で自信満々なんですか。胸を張るところではないでしょ」


 あなたは張る胸がないですものね、とセクハラをかましたいが、流石に自重する。

 本人も体形を気にしているようだし、何よりブーストが怖すぎる。調子に乗ると泣かされる、確実に。


「言いたいことがあるなら聞きますが」

「ナニモナイデスヨ」


 どうやら飲み込んだ言葉が態度に現れていたらしい。

 エレミアが平坦な声で威圧してくるものだから、恐怖で片言になってしまった。


「今、私の体のある部位をジッと見ていましたよね。しかも、鼻で笑いましたよね」

「俺が女性の体をガン見なんて失礼なことするわけないじゃないか」

「短い付き合いですが、ウォルの人となりは何となくわかってきました。素直で欲望に忠実。よくすれ違う女性の胸をジッと見ているじゃないですか。あれ、横にいる私としては恥ずかしいんですよ」

「なっ!? ばれてたのか! こそっと見ているつもりだったのに……!」


 驚愕の事実に動揺を隠せない。

 思い返してみれば地元でも、ここでも女性からの評判が良くないのはそのせいではないのだろうか。


「あれで隠しているつもりだったんですか……。誰でも気づきますよ。むしろ、気づかない人の方がおかしいです」

「道理で男友達がやたら称えてくれるわけだ……!」


 ウォルは凄いよな。本当、俺たちにできないことを平然とできるよな、と尊敬のまなざしを送ってくる男友達の光景がよみがえってくる。


「称えるって、男の人はこれだから……。あと、セクハラ発言が多すぎます」

「それは、自覚してます」

「自覚しているなら気を付けましょうよ!」

「断る!」

「……理由を聞いても?」

「気づいたら口が動いているから止めることができない」

「はぁ……」


 ため息を吐くエレミアの視線はまるでゴミを見るかのように冷ややかなものだった。

 見る眼、あるつもりだったんだけど、と悲しいことも俺の顔に視線をロックしたままボソッとつぶやく。


「撲殺天使エレミアちゃんのくせに……」


 仕返しとして、同じくわざと聞こえる様にボソッとつぶやく。


「…………」

「…………」

「…………撲殺、されたいんですか?」

「…………ごめんなさい」


 ドスのきいた声に俺は深々と頭を下げるのであった。



 撲殺天使エレミアちゃん絶賛素振り中!


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