第2話

「よってらっしゃいみてらっしゃい! 新鮮ぴちぴちの勇者だよー! あ、そこのお姉さん! どうだい勇者様とパーティー組みたくないかい? 今なら二人っきりで……あ、はい、ごめんなさい」


 お姉さんの冷たい眼差しに机に両手をつき、頭を下げて謝罪する。 

 ギルドの一角で近く通る女性に声をかけ始めてからはや一時間。

 幸いなことに職員に注意されることはないのだが、肝心のメンバー集めが芳しくない。

 最初の方は好みの美少女以外声をかけないつもりだったのだが、よくよく考えれば荒くれものの比率が高い冒険者稼業。仕方がなく、基準を下げて声をかけることとした。

 それでも、集まらないのだから驚きだ。腐っても勇者。不安定な職業につく彼女らなら勇者特権に乗っかってくると思ったのに。

 よほど、俺の国の勇者は評判が悪いらしい。国名は言っていないはずだが、先輩たちのせいに決まっている。


「お姉さんお姉さん! 見たところウィザードだよね! どうどう!? 俺と君とで前衛後衛を組めば魔王だって……倒せないですよね、はい」


 輝き始めたロッドに身の危険を感じて、浮かした体を椅子へと戻す。顔はともかくスタイルが良かったので残念だが、命の方が大切なので仕方がない。

 真面目な話、ウィザードの仲間が欲しい。俺は攻撃系の呪文があまり使えないため、物理攻撃に耐性のある魔物とエンカウントすると逃げるしかなくなる。


「おっとそこのスレンダーなおねえさま。俺を大人へと導いて……何でもないです」


 スレンダーは誉め言葉のつもりだったのだが、気にしていたらしく殺意のこもった視線をぶつけられた。

 プリーストって神に仕える聖職者じゃなかったのか。下手な魔物より怖かったぞ。

 やっぱり、冒険者は一癖も二癖もある人たちしかいないのか。

 いい加減女性不振になってしまう。ってか、こんないい男もとい勇者様がいるのだから、誰かしら声をかけてこないものか。

 ぷんすかぷんすかぷんぷんぷんだぞ。


「あの」

「はい! 俺の名前はウォル・アクランド、平和のため魔王退治へと旅立った勇者です!」


 遂に声をかけられ、満面の笑みを浮かべながら声の主へと視線を向ける。

 そこにいたのは艶やかな銀髪を靡かせた美少女。黒いマントに黒い帽子、両手で持っている杖から彼女がウィザードであることがわかる。

 黒を基調とした服が、吸い込まれそうになるほど澄んだ蒼い瞳と銀髪を有する彼女の幻想的な雰囲気を引き立てる。

 美少女だ。待ちに待った美少女。しかもウィザード。そんな彼女に対して俺は――。


「なんだ子供か」

「子供じゃないです! なんですか、そのがっかりした顔は!」


 心から出た言葉に、目の前にいる子供ウィザードが激高する。子供は元気だな。

 確かに美少女なのだが、身長は150cmもなく、スタイルも貧弱な子供そのもの。顔が良いだけに残念、五年後に期待ってところか。


「五年後にまた声かけてね」

「初対面ですよね!? 何でそんなこと言うの!!?」

「お兄さんは今大事なことをしてるんだ。わかるかな? パーティーメンバーを集めてるんだよ」


 五年後を期待して優しく説明する。もしかしたら、お姉さんがいるかもしれないしね。


「そんなのわかってます。だから、声をかけたんです」

「うーん、困ったなぁ。冒険者ごっこはお友達とした方が楽しいぞ」

「ごっこって! ごっこって! なんですか!? ごっこ遊びをする歳に見えますか!!?」

「女性はいつまでも女の子って言うじゃないか」

「微妙にうまくかわさないでください!」


 元気だなぁ。若いっていいなぁ。

 子供が冒険者に憧れるのは良くあることだ。特にウィザードは女の子に人気があると聞いた。

 期待はずれだったため、最初の対応こそ悪かったが、子供は好きだし、地元だと面倒見が良いと評判だ。


「ごめんな。遊んであげたいんだけど、お兄さんはお金を稼がないといけなくてな。また、余裕があるときに遊んであげる「子供扱いするなーーーーーッ!!」


 むきー、と少女は地団駄をふむ。どうやらすっかりご機嫌を損なってしまったらしい。

 確かに、背伸びしているときに子ども扱いされたら怒るのも無理ないか。


「よし、わかった。メンバーに入れてやろう」

「……上から目線なのが気になりますが、ありがとうございます。私は、えっと、エレミアと呼んでください」

「よろしく、エレミア。俺の事はお兄ちゃんでもお兄様でも勇者様でも好きに呼んでくれて構わない」

「ウォル」


 即断。即断で呼び捨てだった。

 だが、寛大な俺は特に気にしない。地元でも年下の大半が呼び捨てだしな。


「それじゃあ、エレミア。お前に最初の任務を与える」

「え? に、任務?」

「そうだ、またの名をミッション」

「ん? ん? ど、どういうこと?」

「考えるな。感じるんだ。ミッション1、お母さんに気づかれないように家に帰るんだ。所謂潜入ミッション、難易度は結構高いぞ」

「わ、わかった……!」


 姿勢を低くし、緊張した面持ちで扉へと向かう。


「って、体よく返そうとしないでください!」


 あと一歩のところで気づかれた。


「もう! もう! もう! もう!」


 机をバンバンと叩き、全身で不満を表してくる。


「ごめんごめん。エレミアは頭が良いな。凄いぞ! 素晴らしいぞ!」

「……とりあえず、褒めておけば良いと思っていませんか?」


 聡い子だ。勢いよく褒めておけばどうにかなると思っていた。

 ジト目で見てくるエレミア、どうにも短時間の間に信用がガタ落ちしている気がする。こうなってしまうと下手な誤魔化しは通用しそうにない。


「エレミア、真面目な話だ。さっきも言ったけど、お兄さんは勇者って職業でね。知ってるかな? 魔王と戦うことを義務付けられているんだ」

「それは、はい、知っています」

「だから、君みたいな可愛い子は連れていけないんだ。俺にとって守るべき対象だからね」


 理想の嫁さんが見つかったら、役目なんて放り出す気満々なのだが、嘘も方便。

 この澄んだ目と真剣みを帯びた表情を見れば、流石のエレミアも納得してくれるだろう。


「嘘臭いです。何だか胡散臭いほど真っすぐ眼ですし、真剣な表情が全くといっていいほど似合っていません」

「あっれー? 全く信じてもらえないぞ。お兄さんびっくりだ」

「私、人を見る眼には自信があるので。ウォルがそんな大層な信念を持っているとは思えません。大方、可愛いお姫様と結婚したいがために勇者になったんでしょ」

「そ、そそそそんなことないし」


 人を見る眼ってそこまで見抜くことができるものだっけ。もはや能力だよ。

 ピンポイントで目的を言い当てられ、思わず視線が泳いでしまう。


「ウォルはわかりやすいですね。動揺しすぎです」

「う、うるせー! 見抜きすぎなんだよ! なんだ、その眼は神眼が何かなのか!?」

「似て非なる物です」

「お、おう? よくわからんが、今は置いておこう。エレミアに誤魔化しは効かないようだから、はっきり言うぞ。迷惑なのでどっかに行ってくださいお願いします」

「その前に私の話を聞いてくれませんか」

「聞くだけなら」

「私は、ウォルがパーティーメンバーを募集していたので声をかけたのです」

「その心は」

「勇者はどちらかと言えば前衛寄り、ならば後衛職であるウィザードを求めているはず。そこで出てくるのがどこからどう見ても凄腕ウィザードでしかない私!」


 見た目は確かに紛うことなきウィザード、子供のコスプレに見えなくもないが、強い潜在魔力を持っている場合など幼いうちから冒険者になるケースは少なからずある。

 だがしかし、エレミアはおそらく違うだろう。

 何故そんなことがわかるかと言うと、潜在魔力の高い冒険者は需要がとても高い。魔法の行使そのものは経験や努力によって伸ばすことはできるが、潜在魔力は一定の年齢を超えると伸びなくなるのが一般的。

 エレミアの年齢で潜在魔力が高いとなると、本人が望む望まない関係なく王都の学校へと連れていかれるだろう。

 少なくとも冒険者になり、勇者と言えど知らない人間のパーティーに入ろうとはしない。

 装備からしてお金に困っているとも考えづらい。となると、やはりごっこ遊びとの結論になる。

 一応、どこぞの貴族のお嬢様がやんちゃしている可能性もあるが、あまりに低いため考慮に入れない。


「あの、エレミアさん」

「はい、なんです?」


 何故か楽しげにくるくると回るエレミア。ウィザードって言葉に酔っていた様だ。

 ますます、嘘臭い。


「本当にウィザードなのか?」

「本当ですよ! 見てください!」


 疑いの眼を向ける俺に一枚のカードを渡してきた。

 冒険者の身分証明書となるカードだ。勇者は、国から支給されるため、俺は持っていないが。

 カードへと視線を落とし、ざっと目を通す。

 確かにウィザード――。


「ええぇええッ!? 15歳!!? 俺と一個違いとかありえねー!!」

「うがー! 驚くのはそこなんですか! さっきからやたら子ども扱いされているとは思っていましたが、何歳だと思っていたんですか!?」

「……14歳ぐらい」

「本当は」

「二桁は疑ってないよ」

「当たり前です! そこすら疑われていたら生きていけません!」

「実年齢より若く見えるって女性にとって嬉しいことじゃないか」

「若く見られすぎなんですよ!」


 うきー、と騒がしいエレミアの姿と15歳と言う事実がどうにも頭の中で噛み合わない。

 そういえば、長寿であるエルフの話で肉体に精神が引っ張られると聞いたことがある。


「んー、15歳か。うーん、15歳か。……15歳?」

「いい加減にしないと、このミスリルでコーティングされたロッドが火を噴きますよ」

「何でミスリルでコーティングしてるんだよ! 撲殺でもする気かよ!?」


 ミスリルでコーティングされた杖とか初めて見た。もしかして、薄い線だと思われた貴族のご令嬢なのか?


「そうだ。エレミアの家はこの街にあるんだよな。俺、ここを拠点にするつもりないんだけど」

「ないですよ?」

「え、まじ?」

「まじです」


 嘘を言っている感じはしない。

 もしかして、本当に凄腕のウィザード?


「冒険者歴は?」

「……私たちの歴史は今日から始まるんです」

「もう一回カードを貸せ」


 カードには基本情報として、発行の日付が印字されている。

 しかし、エレミアは持っていたカードを素早く懐へとしまう。

 その行動が何よりの証拠。


「お前、駆け出しだな!」

「ハハハッ」


 眼からは光が消え、その状態から繰り出される乾いた笑いは一種のホラーなのではないだろうか。


「ハハハハッ」


 エレミアが少しずつ距離を詰めてくる。完全にホラーだ。

 お人形のような端正で品のある顔立ちに加え、肩で切りそろえられた銀髪、そして顔の高さまで持ち上げられた鈍器。

 詮索してはいけない。詮索してはいけない――


「ほら、はやくカード」

「あれ?」


 何もなかったかの様にカードを催促するとエレミアが可愛らしい声を漏らす。


「あ、あの、怖くなかったんですか?」

「ホラーっぽさはあったな。夜の洋館とかでいきなり出くわしたら泣く自信がある」

「そ、そんな自信はいらないと思うんですけど」

「俺は正直だからな。まあ、確かに怖いんだけど、明るい時間帯に、しかも人の多いギルド内でやられてもびびらないっての」

「あ、あれ? 今まで、これで何とかなったんだけど……」

「うーん、そうだな。杖じゃなくて鋭利な、包丁とか短剣をもって、どいて! そいつ殺せない! とか言われたらゾクゾクもといびびったかも」

「ただの危ない人じゃないですか。それに登場人物増えてるし」

「さっきの姿も結構危ない人だったぞ」


 そして、俺の迫真の演技をサラッと流すな。


「どこが危ない……って、話がずれてますずれてます」

「初対面の人間にいきなりあの対応は危ない人だ」


 友人でもどうかと思うが。


「あなただって初対面に対する接し方じゃないですよね!?」

「子供は元気だなあ。俺も昔はこんな感じだったのかな」

「だ・か・ら、子供扱いしないでください! 1歳しか変わらないんですから!」

「俺は15歳設定を信じない。ねつ造だ」

「信じないって何ですか!? カードに書かれた内容を疑われたら証明のしようが……」


 いよいよ涙目になってきた。ちょっとドキドキする。

 自分の言葉に可愛い幼女が振り回される状況が段々楽しくなってきた。


「今、失礼なこと考えませんでしたか? 具体的には幼女とか」


 幼女が鋭いことを忘れていた。


「……そんなわけないじゃないか。俺とエレミアの仲だろ」


 突き刺さる視線に耐えながら、満面の笑みで彼女の疑惑を晴らそうと試みる。


「ほとんど初対面じゃないですか。やっぱり、失礼なこと考えてたんですね」

「だって幼女だし」

「よし、そろそろ攻撃してもいいですよね」

「話し合おう! 人は話し合える生き物だ! 対話って大事!」


 眼前に迫った杖が灯りに照らされ、キラリと光る。凄く硬そうである。


「はぁ、わかりました。話を戻します。私を――もう面倒ですね――ウォルのパーティーに入れてくれませんか?」

「断る」

「えぇ!?」

「断る」

「……な、何で?」

「断る」

「り、理由を」

「断る」

「教えて」

「断る」

「くれませんか」

「断「せーの」だあああ! すぐに暴力に訴えかけるな! 何でも力で解決しようとか魔王か!」

「魔王をなんだと思ってるんですか……。ウォルがふざけるからです」

「説明するのが面倒だったからつい。反省してるから許して」


 自分から対話が大事とか言っておいて、とぶつぶつ呟くエレミアに対し、何て説明したものか。

 普通カードの情報を偽装することはできない。となると、彼女は本当に15歳と、15歳……15歳、信じられないが一個しか違わない。

 この年齢なら冒険者として登録する者もそこそこいる。信じられないが15歳らしい。良いとこ12、いや最大限努力しても13歳程度だろ。

 俺の言葉を待っている彼女をまじまじと見る。うん、見てくれは素晴らしい。

 ロリコンなら歓喜して踊りだすだろう。あ、年齢知ったらどうなるんだろ。受け入れられるのかな。

 年齢が信じられない一番の原因である体形、凹凸はもちろんだが、触れたら折れそうなほど腕や足が細い。あ、でも、抱きしめたら柔らかそうではある。

 ちなみに俺の好みはスタイル抜群のお姉さまなのであしからず。


「あの、そうマジマジと見られると反応に困るんですけど」

「大丈夫、俺はロリコンじゃないから」

「そろそろチラチラ見ている受付のお姉さんにあることないこと言いふらしますよ」

「おっと、レディをまじまじ見るなんて礼儀がなってなかったね。ごめんよ。君があまりに美しいから、つい見てしまったよ」

「ごめんなさい。私が悪かったです。気持ち悪いのでやめてください」


 本当に嫌そうな顔をされると、少し傷つくと同時にもっとやったらどうなるのかって知的好奇心が湧き上がってくる。


「もうちょっと試してみようって顔してますけど、やめてくださいね」

「どんな顔だよ」

「私にはとてもとても再現できません。そんなことどうでもいいんです。……はぁ、話が全然進まない」


 人の顔の話題をそんなことって。


「えっと、見たところウォルは他に仲間はいませんよね」

「いないな」

「ウィザード欲しいですよね」

「欲しいな」

「じゃあ、私をメンバーにしてくださいよ」

「うーん、でもなあ」


 俺としてはストライクゾーンの子だけで構成されたハーレムパーティーを目指しているのだ。

 12、3歳だったら未来への投資もかねて検討しても良いのだが、15歳となると将来性がどうも。いや、しかし、改めてみると顔は凄く好みだ。あれ?


「エレミアって凄い美少女じゃないか……」

「し、真剣な顔でいきなり何を言うんですか」

「あ、心の声がもれてた」

「身の危険を感じます……」

「だからロリコンじゃないって言ってるだろ」

「だから子供じゃないって言ってるでしょ!」

「わかってるわかってる。エレミアは15歳、大人のレディだよな」

「そこはかとなく馬鹿にされている気分なんですが」

「馬鹿にはしてない。からかっているだけだ」


 直後、受付へと駆け出したエレミアの背を必死に追いかけるのであった。



 勇者ウォル・アクランド絶賛爆走中!


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