第1話

 歩く、歩く、おれーたーちー。

 歩けば嫁にであーうのーさー。

 歩くだけで出会えるなら、ぶっ倒れるまで歩くわ。むしろ、ぶっ倒れても歩く、もはや歩くって概念になる。


「しかし、わかっていたけど、うちの評判は酷いもんだな」


 家を出発してから三日目、近隣にある街へとつき、路銀がほとんどないこともあり、クエストを受けるため冒険者ギルドへと赴いた。

 勇者の特権として、どのギルドでも依頼をうけることができる。基本的に、勇者は才能あふれる者が多いため、歓迎されるのだが、我が国の勇者は評判が悪いのだ。

 俺が誕生してから16年、毎年の様に勇者が任命されている。つまりはそういうことだ。

 しかも、脱走した者が半数を占める酷さ。まあ、ただの農家の倅がいきなり勇者とされたら逃げたくなる気持ちもわかるが。


「それでもさぁ、わかった瞬間に態度が豹変するって酷くない? ねぇ、酷くない? ねぇねぇ、お姉さん酷くない!?」

「……ウォル・アクランド様、手続きが終了しましたので、速やかにクエストを受注後、旅立ってください」


 ギルドの受付のお姉さんの冷たい声に、ちょっとだけ、ちょっとだけ快感を覚えてしまう自分が愛おしい。

 明らかにがっかりされたから思わず絡んでしまったが、今更評価が多少落ちようと関係ないので気にしない。


「クエストを受注する前に、パーティーメンバーを募集したいんですけど」

「現在、当ギルドではメンバー募集は承っておりません」

「え、そうなんですか?」


 まさかの返答に驚きを覚えつつギルド内を見渡す。

 酒場も兼ね備えているため、食事をしている物が大半だが、明らかにメンバーの勧誘を行っている人たちがいた。


「あの、勧誘している人いるんですけど」

「幻覚です」

「……あ、はい」


 間髪入れずに真顔で幻覚と言われてしまったら、言い返すこともできない。

 そこまで嫌われているわが国の未来が心配で仕方がない。

 かと言って、魔王退治する気なんてさらさらない俺が言えたことではないが。


「あ、すみませーん。この勇者アレンセット一つ」

「はーい!」


 とりあえず受付を離れ、席に座り、注文する。

 どのクエストを受けるかは決めていないが、腹ごしらえは大事だ。


「メンバー、どうしたもんかな……」


 お世辞にも俺は強くない。一応、剣の基礎ぐらいは学んでいるが、ソロでこなせるクエストはほとんどない。

 体力とメンタルには多少自信がある程度で、特に攻撃方面のサポートは必須と言える。

 そうなると、プリーストやウィザードが欲しい。

 何より、勇者と言えば美少女の仲間! 死線を潜り抜ける内に育まれる愛! そして……!

 魔王を退治して、どこかしらの王女様をもらうのも良いのだが、現実的に考えると仲間から嫁さんを探す方が可能性は高い。

 あれだ、力は強いけど世間知らずで、可愛いんだけど男に慣れてない美少女とかが仲間に欲しい。実は貴族のご令嬢とかだと尚の事良い。

 年齢は――俺はロリコンではないから――下は10歳、上は30歳までならストライクゾーンだ。発育は個性だから、豊かだろうと貧弱だろうと問題ない。

 顔は可愛い系、美人系どちらでもどんとこい。

 ……俺って心が広いな。これだけ条件が緩いとか器が大きい。

 勧誘してみるか、怒られたらやめればいいだろう。他にもやっている人たちがいるんだ。何かあったら騒ぎにしてやればいい。


「勇者アレンセットです。熱くなっているので、お気を付けください」

「ありがとうございます」


 過去に、このギルドから旅立ったとされる勇者アレンをモチーフとして料理。

 彼の好物だったとされる、から揚げがこれでもかってくらい盛られている。お値段もそこそこするが、米に野菜もついているのでボリューム満点だ。

 揚げたてのから揚げからはじゅーしーな音が奏でられ、食欲をそそられる。ついでにお腹がなる。


「いただきます!」


 お腹が鳴ったと同時にから揚げを口の中に。

 美食家でも批評家でもない俺は大層なコメントなどできない。出来ることと言ったら米をかきこむことぐらいだ。

 机に置かれている塩を一部にかけ、口の中に。そして米を。

 皿に添えられているレモンを一部にかけ、口の中に。そして米を。

 ここで、休みがてらニンジンをもしゃもしゃ。うん、甘い。

 から揚げの下に隠れていたレタスが出現、から揚げを包み、軽くソースをかけ、口の中に。そして米を。

 

「すみません! お米おかわり!」

「はい、ただいま!」


 米は一回だけおかわり無料、まだまだから揚げ軍は滅びる気配はない。

 増援を頼んでおき、その間に攻める。

 机に置かれている塩と胡椒を一部にかけ、口の中に。そして米を。

 皿に添えられているマヨネーズを一部にかけ、口の中に。そして米を。

 何とから揚げとレタスに隠されていた巨大なレタスを発見、から揚げを二個つつみ、軽くソースをかけ、口の中に。そして米を。


「ライスのおかわりです」

「あひがほうごふぁいまふ」


 リスの様にほっぺたを膨らませながら礼儀を忘れない俺、素敵。

 のどに渇きを覚え、咀嚼しおわってからコップ一杯にそそがれた水を飲み干す。


「くぅ! 冷たい!」


 ほのかに暖かくなり始めた時期、氷によって冷やされ、表面に結露を生み出している水の癒しは底知れない。

 一度、口の中をリセット出来たこともあり、何もつけずにから揚げを口の中に。そして米を。 

 噛む度に漏れ出してくる肉汁が、水によって冷静にされた俺の心に染みわたる。


 あぁ! 俺の嫁はお前なのかい!


 んなアホなことを考えながらも、俺の手は止まらない。止まるはずもない。何故なら止まる理由がないからだ。

 突き進め。突き進め。手を止めるな、思考を止めるな、慌てず騒がず優雅に、しかして流れる様にから揚げを口の中に。そして米を。

 休みがてらにニンジンをもしゃもしゃ。うん、甘い。

 と見せかけて、即座にから揚げを口の中に。そして米を。

 ニンジンの甘さが塩のかかったから揚げを引き立てる。何がどうなって引き立てるんだ。わからない。わからない。だが、それがいい。

 おっとほうれん草、貴様もいたのか。いいだろう、から揚げから漏れ出た肉汁を浴びたお前を一口に食ってやる。ついでにから揚げを口の中に。そして米を。

 ……どうやら、終わりが近づいてきたようだな。この時点でも十分満足している。しかし、お前はその程度ではないのであろう?


 さあ、こい! 俺の中に! 俺の胃袋に!

 

 から揚げの半分を口の中に、現れた断面にレモンをかけ、口の中に。そして米を。

 塩を取り、から揚げにかけると見せかけて米に。から揚げのそのまま口の中に。そして米を。

 少なくなったマヨネーズを片面につけ、反対側にソースをつけたから揚げを口の中に。そして米を。

 さあ、ラストスパートだ。

 から揚げを口の中に……入れる前に米を口の中に。そしてから揚げを。

 今まで米を包んでいたから揚げが、逆に包まれ、米の甘みの間から肉汁が顔をのぞかせる。

 から揚げ米米から揚げから揚げから揚げ米米から揚げ。

 最後に終わりを告げるニンジンをもしゃもしゃ。うん、甘い。


「ふひぃ、ごっそさーん」


 椅子の背に体重を預けつつ、ご機嫌そうなお腹を軽くなでる。

 背後からこちらをジッと見ている存在に、この時の俺が気づくことはなかった。




 勇者ウォル・アクランド絶賛料理上手なお嫁さん募集中!

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